日本占領の経済政策史的研究

日本経済評論社     ISBN: 4-8188-1411-3

 

 概要

独立回復後50年の今日、あらためて占領政策の歴史的役割を経済政策史の観点から再検討し、日本の非軍事化と民主化という連合国の占領目的は達成されたかを問う。

 主要目次

第1章 戦後経済改革への接近
第2章 経済改革の研究史
第3章 戦後民主化と経済再建
第4章 産業的戦争能力規制政策
第5章 造船規制政策
第6章 独占禁止政策の緩和
第7章 農地改革の決定過程
第8章 戦後改革の評価―日本の非軍事化は成功したのか

                       

      はしがき

 本書刊行年は、日本が独立を回復してから50周年に当たる。この50年間は、日本人にとってどのような時期であったであろう。これを遡る50年間、つまり、1902年の日英同盟協約締結からの50年間は、日本が、帝国主義列強の了解のもとで、最後の帝国主義国としての途を突き進み、近隣諸国に災厄をもたらしながらアジアに覇権を求め、ついには破綻を迎えて連合国の占領下に置かれる、「栄光」と「屈辱」の時期であった。「屈辱」から解放されてのちの日本は、経済大国への途をひた走り、「アズ・ナンバーワン」とさえ称される時代を迎えたが、やがてバブル崩壊を機に、出口のみえない停滞と閉塞の状況に落ち込んだ。

 軍事大国に代わる経済大国の「栄光」は、「屈辱」の時代、つまり被占領の時代の産物と言えないであろうか?さらには、世紀末からの「閉塞」もまた、占領期に淵源を持つとは考えられないであろうか?いまは、連合国に占領されていた足かけ8年の時期の歴史的意味を、あらためて考えてみるには適当な時であるように思われる。

 経済大国の「栄光」が、戦後改革によって新たに創り出された国内環境に負うところが多いことは、かなり見えやすい。軍国主義を捨て、平和国家=軽武装国家を建前としてきたことは、日本経済を、軍事費の不経済から免れさせ、資金・労働力・資源を高度経済成長へ向けて効率よく動員することを可能にした。農地改革・労働改革の国内市場拡大効果も、しばしば指摘されている。財閥解体・独占禁止政策の評価には難しいところがあるが、ひとまず、市場の競争性を高めて、投資を促進したとは言えよう。

 「閉塞」は、戦前から芽生え、戦後の復興・再建の時期に、日本スタンダードとして定着した「日本的経営」方式が、グローバリゼーションの前に、その神通力を喪失してのことである。あるいは、連合国の「物量」に「大和魂」が負けたと感じた日本人が、「こころ」より「モノ」に生きるよりどころを移し、ひたすら物質的充足を追い求めたあたりに、「閉塞」のひとつの遠因がありそうであるが、ここは、経済学・経済史学が、社会学の助けを借りながら解明しなければならない未知の領域である。

 大蔵省の昭和財政史編纂に参加して、占領期を研究対象に加えた頃には、私の眼は、まず、残された歴史資料の豊富さに惹きつけられた。日本の資料保存原則とは全く異なった原則に従って保存されたアメリカ政府資料は、政策決定過程分析に関心を持つ研究者にとっては、まさに、宝の山であった。トルーマン大統領の承認署名のある政策文書が、無造作に、つまり、バインドされもせずにカートン・ボックスに保管され、外国人研究者にも公開される様子にも、いささか驚いたが、なおさら驚いたのは、政策立案・討議の過程を、起案者・発言者名を明記して記録に残すという流儀に接してである。個人責任重視の国柄であればこその資料の残存形態であり、無責任体制が基調の日本では、たまたま担当者個人が、ルールに違反して温存した場合に残るたぐいの資料が、公文書館などに大量に保管されている。アメリカほど徹底はしていないが、イギリスでも状況はほぼ同じであった。 

 私の占領期研究は、この宝の山との格闘の連続で時間が流れ、『昭和財政史−終戦から講和まで』第2巻「独占禁止」(1982年)、『通商産業政策史』第2巻(1991年、共著)、同第1巻(1994年、共著)、『占領期の日本海運』(1992年)などの著作や本書所収の論文が生まれた。作業の中心は、事実関係の確認、ファクツ・ファインディングであったが、やはり、常に、占領期の歴史的位置づけの問題は念頭にあった。占領終了50年をひとつのきっかけにして、これまでの作業を振り返りながら、ひとまず、この問題に対しての暫定的解答を、諸先輩・若手研究者あるいは関心を持たれる読者の皆様に提出して、ご批判いただきたいというのが本書の刊行の目的である。

 21世紀を迎えて、「閉塞」しているのは日本だけではなさそうである。地球資源の枯渇や地球環境の破壊という外部条件を、根本的に処理すべき方法を持たないままに、グロ−バル化を押し進める資本主義・市場経済そのものも、やや長期の視点から見れば、また、「閉塞」していると言わざるを得まい。「時代閉塞の現状」を、もし打ち破ることが可能であるとすれば、それは、歴史認識を踏まえた知的共同作業を通してしかあり得ない。ささやかな問題提起をすることによって、この知的共同作業に参加できるとすれば、これに勝る喜びはないと思いつつ、あえて、つたない論考を公刊する次第である。次なる50年が、人類史において、真に稔り豊かな半世紀となるか否かは、現代に生きるわれわれの選択にかかっているであろうから。

                               2001年12月

 

 

               あとがき

 学部ゼミ時代からの恩師、故安藤良雄先生のお誘いで、大蔵省の『昭和財政史』編纂に参加した1971年から占領期を研究対象に加えることになっていらい、すでに30年が過ぎた。大学院時代からの恩師、故山口和雄先生のお勧めで始めた明治期の経済政策史研究を、1967年の社会経済史学会大会共通論題報告を機に戦間期にまで広げ、さらに占領期をも含めたことで、時期としてはかなり広汎な対象と格闘する破目となり、あちこちで地域戦を試みながら今日に至った。

 占領期については、1976年の日本経済新聞の連載企画「昭和経済史」に「財閥解体」を書いたのを始まりに、『日本経営史を学ぶ 3戦後経営史』(有斐閣、1976年)の「財閥解体と独禁政策」、『近代日本経済史を学ぶ  下』(有斐閣、1977年)の「戦時統制経済と戦後改革」と概説的な論考を発表した。この間、財政史室の収集した日本政府文書・アメリカ政府文書を読み、1975年にはワシントンの国務省、国立公文書館、スートランドの国立公文書館分館を訪れて原文書に触れながら、原稿を書き続け、ようやく1982年に『昭和財政史--終戦から講和まで--2 独占禁止』(大蔵省財政史室編、東洋経済新報社)の刊行に漕ぎ着けた。本書の「はしがき」に記したように、アメリカ政府資料の面白さに夢中になりながらの楽しい執筆であった。これに先立って、並行して準備した「1949年の独占禁止法改正」を『占領期日本の経済と政治』(中村隆英編、東京大学出版会、1979年)に発表した。また、財閥解体研究の副産物的論考「経済的非軍事化政策の形成と転換--産業的戦争能力規制政策を中心に--」を『太平洋戦争』( 年報・近代日本研究 4、山川出版社、1982年)に寄せた。

 ふたたび故安藤良雄先生のお誘いで、通商産業省の戦後史編集に参加したのは1984年であった。ところが、翌1985年5月には、安藤先生が急逝された。学問的には勿論、大学人としても、社会人としても師と仰いだ先生が去られた空白は癒しがたいものがあった。さいわい、通商産業政策史編纂の委員長は隅谷三喜男先生が後をお引き受けになり、編纂作業は継続した。戦後復興期を対象とする三巻の編纂責任者として非力を喞ったが、日本経済史研究者を中心とした執筆の皆さんとの共同作業は、実り豊かなものとなった。私自身の論考も、『通商産業政策史 2  第 I期戦後復興期 (1)』(通商産業省通商産業政策史編纂委員会編、通商産業調査会、1991年)の「対日占領政策の推移」、『通商産業政策史 1 総論』(同委員会編、同会、1994年)の「日本経済の再編成」の二編を掲載することができた。この編纂事業では、総ての原稿に目を通されて、かなり大量の修正意見を出される隅谷先生の厳しい監修態度に、思わず襟を正す思いを味わった。

 昭和財政史いらいお教えをいただいていた中村隆英先生の下で、岩波書店の『日本経済史』シリーズの第七巻(中村隆英編『「計画化」と「民主化」』、1989年)には、「戦後民主化と経済再建」を執筆した。戦後改革を現代資本主義論の観点から評価することを試みたが、中村先生からは、「この発想は編者のそれとは異なる」と要約に明記されてしまったことが、少々こたえた作品である。

 海運政策もかねて関心のあるところであったが、故脇村義太郎先生と中川敬一郎先生のご指導のもとに、海事産業研究所のプロジェクトである戦後海運造船経営史研究に参加させていただいた成果が、『占領期の日本海運』(日本経済評論社、1992年)である。通商産業政策史では、官庁所管の関係で包含できなかった分野を、資料を同時並行的に検討して、一種の相乗効果を利しながら分析した作業である。

 一九九二年からは、渡邉昭夫先生が主宰された文部省科学研究費重点領域研究「戦後日本形成の基礎的研究」に参加して、橋本寿朗さんとともに経済関係の2研究班を編成した。橋本さんが「企業構造の戦後的変容」班、私が「戦後経済改革と高度成長」班を受け持ち、合同研究会を重ねた。この重点領域研究と姉妹関係の国際学術研究(1994年度文部省科学研究費)「連合国占領政策が被占領国経済に及ぼした影響の比較研究」も組織して、アメリカ・イギリスなどへの資料調査もおこなった。ところが、一九九四年秋頃、体調を大きく崩してしまい、しばらくは研究活動を停止せざるを得なくなって、この重点領域研究の成果を取り纏めることができなかったことは痛恨の限りである。参加研究者の皆さんには申し訳けなく、とくに、浅井良夫さんには成果報告の執筆などで過重なご負担をお掛けしてしまった。

 四年ほどの空白期を過ごして、ようやく体調を回復してからの初仕事は、「占領期の日本造船規制の実態」(『青山経済論集』1999年)である。『占領期の日本海運』を書いた時から、気になっていた造船規制政策を、国立国会図書館が整理しマイクロ化した総司令部経済科学局ESSと民間運輸局CTSの資料を用いて跡づけてみた。病後まだ資料を処理する根気が残っていることが確認できたので、次には、農地改革の政策決定過程を整理する課題を取り上げた。膨大な蓄積のある農地改革研究に本気で新規参入しようというわけではなく、国際学術研究の一環としてイギリス公文書館で収集したままになっていた資料を活用して、研究史に若干の新事実を付加できれば良いと考えたまでである。ただ、「まえがき」に書いたように、そろそろ、戦後改革の歴史的評価をすべき時期になったので、占領政策を、その目的・手段の歴史的適合性の観点から再吟味したいとは思っていた。労働改革については、占領史研究会いらい、いろいろお教えいただいていた竹前栄治先生の諸労作で政策の全体像がほぼ解明され尽くしているし、財閥解体・独占禁止については、大蔵省と通商産業省の歴史編纂でおおよその見当がついていたので、3大改革の残りの農地改革について、自分で納得できる整理をしてみたかったのである。竹前先生と岩本純明さんに、原稿の一読をお願いしたところ、かろうじて合格点をいただいたので、新分野の最初で最後の論考「農地改革の経済政策史的分析 上・下」を大学紀要に寄稿した(『青山経済論集』2001年)。

 私の占領期研究歴は、以上の通りである。『昭和財政史』(第2巻)、『通商産業政策史』(第1巻・第2巻)、『占領期の日本海運』に続く本書で、占領期研究はひとまず「終戦」とし、次の地域戦に注力の場を移したい。本書は、第1章で問題の所在、第2章で研究史紹介、第3章で占領期経済史概観をおこなってから、第4章〜第7章に、生産力規制・造船規制・独占禁止・農地改革の各論的分析を配し、第8章で戦後改革を総括的に評価するという構成にした。所収論文の初出を、あらためて一覧にまとめると次のようになる。

 

第一章

戦後経済改革を見る視点(「戦後経済改革」、『エコノミスト』臨時増刊号1993年5月17日)

第二章

経済改革の研究史 (「占領期の経済」、社会経済史学会編『社会経済史学の課題と展望』有斐閣、1992年。その後の研究史を補記。)

第三章

戦後民主化と経済再建 (「戦後民主化と経済再建」、中村隆英編『「計画化」と「民主化」』、岩波書店、1989年。原稿段階で省略した部分を復元。)

第四章

産業的戦争能力規制政策 (「経済的非軍事化政策の形成と転換--産業的戦争能力規制政策を中心に--」、年報・近代日本研究 4『太平洋戦争』、山川出版社、1982年)

第五章

造船規制政策 (「占領期の日本造船規制の実態」、『青山経済論集』51巻1・2・3合併号1999年)

第六章

独占禁止政策の緩和 (「1949年の独占禁止法改正」、中村隆英編『占領期日本の経済と政治』、東京大学出版会1979年)

第七章

農地改革の決定過程 (「農地改革の経済政策史的分析 上・下」、『青山経済論集』52巻4号、53巻1号、2001年)

第八章

戦後改革の評価 (新稿

 本書がいささかなりと占領期研究に資するところがあるとすれば、それは、ここにお名前を挙げた諸先生・研究仲間をはじめとする多くの研究者の方々の、ご教導・ご忠言・ご協力の賜物である。研究成果は、先行業績の積み重ね、先輩の知恵、そして、仲間との討論のなかからしか生まれないことを、あらためて痛感しつつ、皆さまに心からお礼を申し上げたい。

 とりわけ、日本の占領期研究を先導してこられた中村隆英先生と竹前栄治先生には、格段のご指導を頂いた。感謝の気持ちの万分の一を込めて、本書を両先生にお捧げしたい。

 また、占領期資料の収集に膨大な努力を傾注されて、研究の便益を向上してくださった国立国会図書館憲政資料室の皆さまにも感謝したい。

 そして、やや唐突に出版をお願いしたところ、快くお引き受けくださった日本経済評論社社長栗原哲也氏と編集をご担当いただいた谷口京延氏には、深い感謝を表したい。

 最後に、硬派活字文化の退潮のなかで、奮闘する日本経済評論社には、激励のエールを。

                             2001年12月8日

                                 三和 良一

(日本占領の経済政策史的研究あとがきより)