南開大学日本研究院セミナー 1

                                2005419

    日本経済史研究の現状と問題点      

青山学院大学名誉教授

南開大学客座教授

 三和 良一

1.日本経済史研究の視角はどのように変遷したか

 @ ドイツ歴史学派の影響

  福田徳三 『日本経済史論』(1900年にドイツで出版、1907年に日本語版刊行、坂西由蔵訳、寶文舘)http://ramsey.econ.osaka-cu.ac.jp/~Ohshima/

 A 革命戦略の対立

  講座派 野呂榮太郎・山田盛太郎他編『日本資本主義発達史講座』(1932-33、岩波)

  労農派 雑誌『労農』(1927-32) 土屋喬雄『日本資本主義史論集』(1939、育成社)

 B 近代化理論との関連

  大塚史学 大塚久雄『近代化の人間的基礎』(1948、白日書院。『著作集』第8巻)

  宇野理論 宇野弘蔵『経済政策論』(1954、改訂版1971、弘文堂)

 C 戦後革命戦略の対立

  新講座派 大石嘉一郎『日本資本主義史論』(1999、東京大学出版会)

 石井寛治『日本経済史』(第2版、1991、東京大学出版会)

  新労農派 大内力『日本経済論 上』(1963、新版2000、東京大学出版会)

 D 視角の多様化と実証研究の深化

  数量経済史 中村隆英・梅村又次他編『日本経済史』(全8巻、1988-90、岩波書店)

  国際関係史の視角 浜下武志・川勝平太編『アジア交易圏と日本工業化』(1991、リブロポート)

  社会史   網野善彦『日本社会の歴史』(上・中・下、1997、岩波書店)

  生態学の視角 石弘之, 安田喜憲, 湯浅赳男『環境と文明の世界史』(2001、洋泉社)

2.近代日本経済史の論点

 @ 江戸時代の位置づけ

  「市場経済としての江戸社会は、明治以降の社会と連続している。」か?

    岡崎哲二『江戸の市場経済』(1999、講談社)

  「教育・公衆衛生などの発達は日本近代への遺産となった。」

    スーザン・ハンレー『江戸時代の遺産』(1990、中央公論社)

  「循環型社会として評価できる。」

    石川英輔『大江戸リサイクル事情』(1994、講談社)

 A 開国のインパクト

  「植民地化の可能性はあったのか?」

    石井寛治・関口尚志編『世界市場と幕末開港』(1982、東京大学出版会)

  「輸入綿製品は在来綿業に大きな打撃を与えたのか?」

    阿部武司『日本における産地綿織物業の展開』(1989、東京大学出版会)

 B 明治維新の評価

  「絶対王政をもたらした変革」か「近代社会をもたらした市民革命」か?

 C 地主制の評価=地租改正・秩禄処分の評価

  「半封建的土地所有」か「近代的土地所有」か?

 D 松方財政の評価

  「緊縮政策が意図されたが結果としては積極政策ではなかったのか?」

    室山義正『松方財政研究』(2004、ミネルヴァ書房)

 E 日清・日露戦争の位置づけ

  「国民戦争か帝国主義戦争か?」

 F 日本の産業革命の捉え方

  「後発国における産業革命とは?」

 G 帝国主義の捉え方

  「綿業帝国主義」「β型帝国主義」か?

    http://www.e.u-tokyo.ac.jp/~takeda/gyoseki/99in01.htm

 H 国家独占資本主義・現代資本主義・20世紀資本主義の捉え方

    http://www.e.u-tokyo.ac.jp/~takeda/gyoseki/99in03.htm

 I 井上財政・高橋財政の評価

  「古典的政策から現代的政策への移行」か「連続した現代的政策」か?  

 J 15年戦争の要因

  「日本の侵略性はどのような経済要因から生じたのか?」

 K 戦後改革の評価

  「連続説vs断絶説」

L 高度経済成長の要因

 「産業政策は有効だったか?」

M 世界的低成長時代の日本経済の強さの要因

 「日本的経営・日本的生産方式は普遍性を持つか?」

N バブル経済の要因

 「土地神話の真偽?」

O 平成不況の要因

 「グローバリゼーションとの関連は?」

P 小泉内閣の評価

 「資本主義の新しい時代への対応か?」

3.経済史研究の現代的意義

 @ グローバリズムの評価

  「グローバリズムに人類の未来を託せるか?」

 A 新しい経済社会システムへの挑戦

  「持続可能な経済システムは構築できるか?」

以 上

【参考文献】

 三和良一『概説日本経済史―近現代』第2版 2002年 東京大学出版会

 

 

          

                        南開大学日本研究院セミナー 2

                                2005420

    経済とは何か?      

青山学院大学名誉教授

南開大学客座教授

 三和 良一

1.経済空間の分節化

 @ 出来事の分類法

  中国網: 政治、経済、社会、文化、生態環境

  人民網: 政治、経済、社会、科学技術、国際

  朝日com: 政治、経済(ビジネス・暮らし)、社会、スポーツ、文化・芸能、国際

  近代日本総合年表:政治、経済・産業・技術、社会、学術・教育・思想、芸術、国外

 A 学問の区分

  日本学術会議 第1部 哲学・文学・語学・心理学・教育学・歴史学・社会学・地域研究

         第2部 法学・政治学

         第3部 経済学・経営学・商学・会計学・経済統計学・経済史

         第4部 数学・物理学・化学・情報科学・統計学・生物学・地質学・人類学

         第5部 工学・応用化学・応用物理学・建築学

         第6部 農学・林学・水産学・獣医学・農業経済学・家政学・農芸化学・農業工学

         第7部 医学・歯科学・生理学・薬科学

 B 「動機・目的」を基準に区分した人間の4つの行為

  経済的行為:原基的動機・目的­=人間が生活する上で必要な財・サービス(=必要なモノ)を生産・配分・消費すること

派生的動機・目的=貨幣・利潤を獲得すること

  政治的行為:原基的動機・目的=「必要なモノ」・大地・貨幣(=富)、労働力、社会的価値を奪取すること

        派生的動機・目的=権力を獲得すること

  社会的行為:原基的動機・目的=他者との一体感(=主観的共同性)・一体性(=客観的共同性)を獲得すること

        派生的動機・目的=第3者を差異化・差別化すること

  文化的行為:原基的動機・目的=他者からの承認・評価を獲得すること

        派生的動機・目的=快楽・好奇心を満たすこと

   【 *社会的価値: 4つの人間行為のなかで、価値基準として認められるもの。

合理性、効率、自由、平等、平和、安全、正義、名誉、真、美、善、徳、仁、義、礼、勇気、節制、禁欲 など 】

C 経済・政治・社会・文化の4つの空間で人間の行為が行われる。

  4つの空間は、互いに入り組んでいる。

   例 オリンピック 競技で技の優劣を競う・・・文化空間

            一体感を醸し出す  ・・・社会空間

            国威を発揚する   ・・・政治空間

            競技場・用具を消費する・・経済空間

2.経済の歴史時間

 @ ヒトが生きている4つの時間・空間(時空=<場>)

  <第1場> 個人が生まれてからの一生

  <第2場> 人類が誕生してから消滅するまで

  <第3場> 生命が発生してから消滅するまで

  <第4場> 宇宙が発生してから消滅するまで

 A 経済的行為が行われる4つの時空=状況場

  <小状況場> 今、目の前に展開している状況場

  <中状況場> 社会構成体(<大状況場>)のなかの発展段階

  <大状況場> <第2場>に現れる社会の経済的構成=社会構成体の発展段階

  <超状況場> <第3場><第4場>に規定された状況場

 B <大状況場>と<中状況場>を分節化する3つの位相

   第1位相 モノに関するヒトとヒトの関係 生産手段の所有関係

   第2位相 社会的余剰の生産・配分の仕組み

   第3位相 社会的再生産の調整機構

 C <大状況場>としての資本主義の特徴

   第1位相 共同体の解体した私的所有の社会

   第2位相 資本・賃労働関係を通した社会的余剰=利潤の生産

   第3位相 市場経済を軸とした再生産の調整

 D 資本主義の<中状況場>の分節化

   形成期   原始的蓄積の進行・産業資本の発生

   確立期   産業革命を経ての産業資本の確立

   第1変質期 独占の形成

   第2変質期 20世紀資本主義 国家による再生産調整

   第3変質期 21世紀資本主義 市場原理主義 グローバリズム

                                                                      以 上

【参考文献】

 三和良一「経済政策史の可能性」・「経済史の可能性」 http://www.miwa-lab.org

 加藤榮一・馬場宏二・三和編『資本主義はどこに行くのか』2004年 東京大学出版会  

 

      

                南開大学日本研究院セミナー 3

                                2005421

    経済政策史の方法      

青山学院大学名誉教授

南開大学客座教授

 三和 良一

1.経済政策展開の3つの局面

            経済政策の展開モデル 

  @ 政策提起局面

経済時空に規定された諸階級・階層の

経済的利害状況  

非経済時空に規定された諸階級・階層の

非経済的利害状況

                 ⇘⇙              

  諸利害意識

                  ⇩

  諸政策提起

  A 政策決定局面        ⇩  

  政策主体

                   ⇩

  Arena

(表層的機構)立法府・行政府

諮問会・公聴会選挙・マスコミ

 Off-Arena

(裏面的機構)

個人の内面・

 集団の内部

                   ⇩

政策目的の設定

                   ⇩ 

政策手段の選択

  B 政策実施局面        ⇩ 

 政策実施主体

                   ⇩

 政策の実施

                   ⇩

 Feedbackの過程に

 

2.近代日本の政策決定機構の変遷

  時期区分

     arena

     off-arena

      Actor

 

太政官制度('68-'85)

政府内部、官僚制内部

大臣(太政大臣、左右大臣)

 明治前期

 朝廷

宮中

参議、卿

 (1890年まで)

 正院一右院一各省

政党内部

大臣(総理大臣、国務大臣、内大臣)

 

   →参議会議一各省

団体内部

議官、議員

 

 左院→元老院

藩閥関係

地方長官(県令、知事)

 

 地方官会議、地方民会

actor個人の意思決定機序

官僚(含む 特殊銀行の役員等)

 

内閣制度('85〜)

 

政党人(自由党、改進党)

 

 内閣−各省

 

諸団体代表者(商法会議所等)

 

 元老院、枢密院

 

 

 

 府県会

 

 

 

言論活動の場

 

 

 

内閣−各省

政府内部、官僚制内部

元老

明治後期・

議会(貴族院・衆議院)

宮中

大臣(内大臣)

大正初期

枢密院

政党内部

議員、枢密顧問官

1890年〜

地方議会

団体内部

諮問会委員

 1918年)

諮問会(法典調査会、

藩閥関係

地方長官

 

貨幣制度調査会、農商工高

政治献金を介する関係

官僚

 

等会議、生産調査会) 

actor個人の意思決定機序

政党人

 

言論活動の場

 

諸団体代表者(商業会議所、財閥等)

 

内閣−各省

政府内部、官僚制内部

天皇(摂政)

大正中期・

議会(貴族院・衆議院)

宮中

元老

昭和前期

枢密院

政党内部

大臣(内大臣)

 (1918年〜

地方議会

団体内部

議員、枢密顧問官

  1936年)

選挙(普通選挙)

政治献金を介する関係

審議会委員

 

審議会

actor個人の意思決定機序

地方長官

 

言論活動の場

 

官僚

 

 

 

政党人

 

 

 

諸団体代表者(財閥、日本工業倶楽

 

 

 

部、日本経済連盟会、商工会議所等

 

 

 

 労農団体等)

 

内閣−各省、企画院

政府内部、官僚制内部

天皇

 戦時期

議会(貴族院・衆議院)

軍内部

元老、重臣

1937年〜

枢密院

宮中

大臣(内大臣)

 1945年)

地方議会

政党内部

議員、枢密顧問官

 

選挙

団体内部

官僚

 

言論活動の場

人脈を介する関係

軍人

 

 

政治献金を介する関係

政党人

 

 

actor個人の意思決定機序

諸団体代表者(財閥、右翼団体

 

 

 

    統制会、産業報国会等)

 

極東委員会、対日理事会

アメリカ政府内部

アメリカ政府・GHQ・連合国要人

 占領期

アメリカ政治機構

GHQ内部

大臣

1945年〜

GHQ

政府内部、官僚制内部

議員

 1952年)

議会→国会(衆参両院)

政党内部

官僚

 

地方議会

団体内部

地方自治体首長

 

内閣−各省、経済安定本部

非公開審議会

政党人

 

 公正取引委員会

人脈を介する関係

諸団体代表者(資本家団体、産業

 

 持株会社整理委員会

政治献金を介する関係

 団体、労働団体、農民団体等)

 

 日銀政策委員会

actor個人の意思決定機序

 

 

地方自治体行政府

 

 

 

審議会

 

 

 

選挙

 

 

 

デモ、ストライキ

 

 

 

言論活動の場

 

 

 

国会

政府内部、官僚制内部

大臣

 戦後期

地方議会

政党内部(政務調査会、

議員

 (1952年以降)

内閣−各省

         族議員)

官僚

 

 公正取引委員会

団体内部

地方自治体首長

 

 日銀政策委員会

人脈を介する関係

裁判官

 

地方自治体行政府

政治献金を介する関係

政党人

 

審議会

actor個人の意思決定機序

諸団体=pressure groups代表者

 

裁判所

 

 (資本家・産業・中小企業・労働・

 

選挙

 

  農民・消費者・環境保護等

 

デモ、ストライキ

 

  の団体)

 

言論活動の場

 

 

3.経済政策の評価

 @ <状況場>が規定する初期条件と課題の確認

  <大状況場><中状況場><小状況場>それぞれにおける政策展開の初期条件と政策課題を確認する。必要に応じて、<超状況場>との関係も確認する。

 A 政策主体の政策選択過程の確認 

  政策主体は、初期条件をどのように理解し、どのようなアリーナ、オフ・アリーナの状況のなかで、政策目的を設定し、政策手段を選択したか。

 B <状況場>が規定する政策課題に照らした政策の合理性の検討

 C 経済政策の意図せざる効果・影響の確認

4.ケース・スタディ −井上財政−

 @ <状況場>が規定する初期条件と課題の確認

  <大状況場>が規定する初期条件と課題

    社会主義に対抗しながら資本主義体制を維持すること

<中状況場>が規定する初期条件と課題

  20世紀資本主義への変質を促進すること

<小状況場>が規定する初期条件と課題

  1920年代の日本資本主義の危機(マクロ危機=国際収支赤字とミクロ危機=利潤率低下)から抜け出すこと

偶然に発生した<小状況場>の変化への対応

  満州事変とイギリス金本位制離脱

 A 政策主体の政策選択過程の確認 

  緊縮財政

  金解禁

 B <状況場>が規定する政策課題に照らした政策の合理性の検討

  <大状況場> 資本主義体制維持

  <中状況場> 生産力保証政策

  <小状況場> 国際競争力強化のスパルタ式トレーニング

    <小状況場>変化には不適合

 C 経済政策の意図せざる効果・影響の確認

  軍事費・軍部の抑制?

  ファシズムへ道を開いた?

以 上

【参考文献】

 三和良一「経済政策史のケース・スタディ−井上財政−」2003http://www.miwa-lab.org

          「近代日本の政策決定機構の変遷」1993年 青山学院大学総合研究所経済研究センター研究叢書 第 1号『経済成長と経済政策』
                              

 

          

                     南開大学日本研究院セミナー 4

                                2005422

    現代の経済政策−小泉内閣批判−      

青山学院大学名誉教授

南開大学客座教授

 三和 良一

1.小泉内閣の経済政策の課題

 @ <大状況場>に規定された初期条件・課題

  社会主義圏の崩壊と市場経済化=資本主義の勝利?

資本主義に、人類の基本的な社会構成体であると主張する正統性があるか?

社会的公正を問題にすれば、資本主義に人類史を担う正統性があるとは言えない。

  格差が拡大しても、全体の生活水準を上昇させることができれば、正統性がある?

人類史上、最強の経済成長促進型の経済体制であるからこそ、資本主義は、正統性を主張し得ない。

経済成長を加速しつづける資本主義という経済システムに人類史を委ねることは、資源枯渇と環境破壊によって人類が破局を迎えることを容認するに等しい。

  <超状況場>に規定された資源・環境制約を解決できる経済社会システムを構築することが現代の政策課題。

 A <中状況場>に規定された初期条件・課題

資本主義は、20世紀の末期から、第3変質期に入る。

「ウエルフェア」から「ワークフェア」へと政策基調が転換。

  社会保障制度の見直し。

  規制緩和Deregulationと民営化Privatization

構造改革と財政健全化。

カジノ資本主義に対応した金融構造の改革。

小泉内閣は、すでに進められてきた同じ方向性を持つ政策の達成点から、さらにどれほど前に進むことができるか?

 

 B <小状況場>に規定された初期条件・課題

  バブル崩壊以降の平成不況からの脱出。

景気循環:199310月の谷、19975月の山、19991月の谷、200011月の山、20021月の谷と経過して、それ以後は第14循環の拡張局面にある。第14循環が、長い低迷から抜け出したことを意味する本格的な景気回復と言えるかは、まだ判断はできない。

2.小泉内閣の政策選択

@ 『構造改革なくして景気回復なし』

20014月、小泉純一郎、3党連立内閣を組織。

A 20016月、「今後の経済財政運営及び経済社会の構造改革に関する基本方針」(いわゆる「骨太の方針」)閣議決定。

A. 不良債権処理:債務企業の財務状況の開示、銀行の不良債権処理の点検、債権回収機構の機能拡充、安定した金融システムの構築。

B. 聖域なき構造改革:(1)民営化・規制改革プログラム(郵政事業の民営化、医療・介護・福祉・教育などの分野に競争原理導入)

(2)チャレンジャー支援プログラム(投資優遇、競争政策の実施、IT革命の推進)(3)保険機能強化プログラム(社会保障制度を持続可能なものに改革)

(4)知的資産倍増プログラム(ライフサイエンス・IT・環境・ナノテクノロジー4分野の戦略的重点化)

(5)生活維新プログラム(多機能高層都市プログラム、男女共同社会参画、地球との共生、安全と治安の確保など)

(6)地方自立・活性化プログラム(市町村合併、国庫補助負担金の整理合理化など)(7)財政改革プログラム(特定財源の見直し、公共事業関係長期計画の見直しなど)

3.小泉内閣の政策評価

 @ <大状況場>に規定された初期条件・課題との関連 

「骨太の方針」は、資産・所得の配分面での社会的公正を問題にする視点欠如。

「骨太の方針」は、人類史が危機的状況にあることの認識は無く、<超状況場>への対応としては極めて不十分。

  A <中状況場>に規定された初期条件・課題との関連 

   行財政改革を経済成長軌道への復帰に不可欠の政策と位置づけたのは的確。

年金制度改革は、国民の不安感・不信感を強める結果に終わったが、年金の私営化、「ウエルフェア」から「ワークフェア」への転換へ一歩を進めた。

   公的事業改革は、民営化・独立行政法人化によって、競争原理を導入する狙い。郵政公社の民営化は、まだ評価できない。

規制緩和政策は、かなり多面的に進められているが、不徹底。

B <小状況場>に規定された初期条件・課題との関連

不良債権債務関係の整理、金融再生はある程度進む。

産業再生に関しては、2003年に産業再生機構新設。1999年公布の産業再生法(産業活力再生特別措置法)の大幅改正による。

金融再生・産業再生政策が20021月からの景気回復にどのくらい寄与したかを判定することは難しい。

財政面では、2002年度予算は前年比で一般会計歳出総額で1.7%、一般歳出で2.3%の減少となり、国債発行額も公約の30兆円に抑制。2003年度以降は、歳出は再び拡大気味になり、国債発行も36兆円を超える。

金融緩和政策は続けられたが、資金需要自体が低迷して、景気刺激効果は薄かった。

景気回復は、輸出拡大が牽引。中国向けの輸出の拡大が著しい。小泉首相の靖国参拝、外交政策におけるアメリカ一辺倒は、マイナス効果。

4. むすび

 @ 小泉内閣の政策は、従来の自民党中心の族議員間利害調整による総花的政策とはかなり異なっているが、21世紀という新しい時代に対応するような政策意識を含むものではない。

A 構造改革は内需拡大による平成不況脱出を狙いとするが、現実には、輸出が景気回復を主導している。外需依存型から抜け出せない日本経済が、その軸足を北米からアジアへと移し替えていく中で、アジアにおける日本の政治的・経済的役割を積極的に提起できないばかりか、靖国問題・歴史教科書問題で日中・日韓関係を停滞させる小泉内閣は、いわば時代錯誤的である。

B 自衛隊の海外派遣に踏み切り、憲法改正を目指す姿勢は、アメリカに歓迎されても、アジアでは受容されがたい。そもそも、軍備が不生産的な資源の浪費であり、戦争が最大の環境破壊をもたらすことは明白なのであるから、地球の資源環境問題が切迫する現代においてこそ、日本国憲法の平和主義、非武装主義理念は新しい意義を持つはずである。小泉内閣、自民党中心の憲法改正論は、現代という時代にたいする歴史認識の欠如を露呈するほかのなにものでもない。

C       小泉内閣の経済政策は、財政健全化を目標に緊縮路線を志向してはいるが、本質的には経済成長促進政策である。この経済成長主義は、最大の時代錯誤である。63億の人々が、先進国並の生活水準を実現したとすると、地球の資源は瞬時にして費消され、計り知れない環境破壊が発生する。先進諸国が経済成長を続け、途上国がそれに倣う経済成長主義をとり続ければ、遠からず、地球資源環境問題は、限界に達するに違いない。

 D 大国の中からは、資源確保のために政治力を行使する動きが現れてくるに違いない。中東へのアメリカの実力行使の背景には、石油に対する強い関心が存在している。釣魚=尖閣諸島近辺の東シナ海における日中の摩擦は、地下資源を原因としている。資源をめぐる国際関係の緊張の増大は、不幸な結果を招きかねない。

 E 資源の配分を、経済成長主義を掲げる市場経済に委ねることは、人類を破滅に導くことになる可能性が大きい。そもそも市場経済は、短期的な資源配分を最適に行う能力は備えているが、長期的な配分能力は持っていない。世代を越えて公正に資源を配分することなど、市場経済ははじめから念頭に置いていない。環境破壊にしても、市場経済は、マイナスの生産物には基本的には関心を持たないから、京都議定書のような外部的強制が加わらない限り、環境破壊物質が市場による規制を受けることはない。資源にしても環境にしても、本来、市場経済によっては管理し得ない対象なのである。

 F 現代の市場経済は、有限な資源の長期的配分と環境破壊の抑制という、自らは極めて不得意とする課題を抱え込みながら、本性としての経済成長主義を捨てようとはしない。その課題に対する解決策はあるのかと問われても、いまのところ明確な回答は出していない。代替資源にしても、地球に優しい生産システム・商品にしても、現代の自然科学は、まだ、それらを実現させるだけの能力を備えていない。自然科学の実力と、地球の環境・資源の有限性を冷静に見定めて、経済成長主義一本槍の発想を再考すべきである。

 G 経済成長主義から脱却することこそが、21世紀に課された大きな課題である。市場経済、資本主義が、本質的に経済成長主義とは決別できないのであれば、われわれは、新しい経済社会を構想しなければならない。ヨーロッパ社会民主主義や中国社会主義市場経済も、新しい挑戦なのかもしれないが、経済成長主義を捨てきれない限りでは、期待すべき経済社会とは言えない。

 H 新しい経済社会が持つべき基本的特性は次の3点となるであろう。

  第1は、平等原則を軸とする新しい共同体が内包されていること。

  第2は、社会的余剰の形成とその配分を社会的に規制するシステムを内包すること。

 第3は、社会的再生産の調整を市場に全面依存するのではなく、社会的に調整するシステムを内包すること。

 I このような特性を持つ社会は、経済成長を目標としなくても存続することができる社会となり得る。そこでは、失業と飢餓の恐怖に駆り立てられながら経済成長への競争を展開するかわりに、乏しさを分かち合う共同存在意識、あるいはフォイエルバッハの言う「共苦Mitleiden」の関係を形成することで、人々は和やかに生活できる。あるいは、記号論的消費の誘惑を退けながら、釈尊が示した「吾知唯足」の欲求基準に従うことで、人々は充実した生活を楽しむことが出来る。そして、人類以外の生物を含めて他者を排除する独善性を捨てて、生命の本質理解に基づく「共生」関係を育むことで、人々は<超状況場>に流れる時間の限りを、人類として生きることが出来る。

 J 経済成長主義、市場経済、資本主義の「悪魔の碾き臼」(K.ポラニー)から逃れることは、思われているほど難しいことではない。必要なのは、ただ、われわれが決断することだけではないのか?

                                    以 上

 【参考文献】

   三和良一『経済政策史の可能性』2005年刊行予定