『青山経済論集』第44卷第3号、1992年12月 所収

経済史の可能性 ――歴史時間試論―― 

 三和良一

                     1

 経済史の研究が、経済的事象の歴史分析であることは、ほぼ自明のように見える。しかし、あえて、経済的事象とはなにか、歴史分析とはなにかを問い直してみると、ただちに、これらが決して自明ではないことに気付く。経済的事象は、人間の行為の現れであるが、人間は経済的行為ばかりを行っているわけではないから、経済的行為が、人間行為全体のなかでどのような位置を占めるのか、あるいは、経済以外の人間行為とはどのように関係しているのかが問われなければならない。この問いは意外に難問である。

 そもそも、人間の行為を、その全体を構成する部分行為に分節化する方法が確立されているとは言い難い。社会科学・人文科学の部門で、経済学・経営学・政治学・法学・社会学・文化人類学・心理学・教育学・文学あるいは哲学などが、それぞれに独自の対象として部分的人間行為を抽出してはいる。しかし、これらの学問研究が専門領域内で深化を続けるなかで、対象となる部分的人間行為がいわば純化され続けた結果、それぞれの学問対象たる部分的人間行為が他の学問の対象となる人間行為とどのような関連を持つのかが極めて不明確な学問的状況が生み出されてしまった。ある部分は他の部分との関連で、ある

いは、部分は全体との関連で、意味を持つのであるから、このような状況では、人間行為の適切な分節化の方法が生み出されたとは言えまい。結局、人間行為の特定部分に関してはかなり膨大な知識が蓄積されてはきたが、その知識を総合して人間行為の全体像を構築しようとする時、ましてや、分子生物学をはじめとした自然科学の領域で急速に蓄積されつつある知識も総合して「人間」の全体像を描き出そうとする時、その方法を提供してくれる学問は皆無に近い。人間科学の現状は、いわば、「群盲、象を撫でる」の諺、「バベルの塔」の暗喩に近い状況ではなかろうか。

 もちろん、人間行為を分節化しつつそれらを総合的に把握する方法を追求した人々はいる。K.マルクス、M.ウエーバー、T.パーソンズ、N.ルーマン、J.ハバーマスらの名前がすぐに思い浮かぶ。しかし、これらの人々が提起した仮説は、それぞれに魅力的ではあるが、なお、現代の研究者が求める分節化・総合化の方法として完成されたものとは言えない。これら先達たちの業績のうえに、人間科学の方法を構築する営為が、現代に生きる研究者に強く求められていると思われる。なぜなら、現代は、人類史の危機の時代だからである。

 中世・近世を経て近代に入った時、人々は、合理的思考から生み出される自然科学的知識が物的生産力を限り無く発達させ、それが人類を至福の王国に導いてくれるという明るい展望を持った。近代資本制社会を強烈に批判したマルクスでさえも、資本家的生産様式の内部で発達する生産諸力そのものは、来るべき社会主義の物質的基盤として肯定的に評価していたのである。しかし、産業革命いらい急速に発達し巨大化した生産力が、資源を濫費し、環境を破壊し続けて、いまや地球を人類の生息場として不適切なものに変えつつあることを知る現代人としては、近代が開いた<未来への明るい展望>を、そのまま継承し続けることは出来ない。巨大な生産力を制御する能力を備えた新たな社会機構を構築することに成功しなければ、資源の枯渇によってにせよ、環境の制約によってにせよ、人類がこの惑星で存在し続けることがほとんど不可能になる時の訪れを覚悟せねばなるまい。

 新たな社会機構の構築には、なによりも、専門分化が過剰に進み過ぎた社会科学・人文科学・自然科学の内部諸分野間および3科学間に、知的交通橋を架橋し、人間の総合的認識を可能にする方法論を作り上げる必要がある。なぜなら、これまで諸科学が、生産力の発展に無限の期待と信頼を寄せながら、専門分化した研究分野ごとに、つまりはバラバラな仕方で、現実の人間行為にたいして大なり小なりの影響を及ぼし続けてきたことと、人類史が危機の時代を迎えたこととは、決して無関係とは言えないからである。

 勿論、高度に分化した現代の諸科学・諸分野の間に知的交通橋を架橋する作業は、極めて難事業である。<時代の必要>が天才を登場させてくれるのを待ちたいところではあるが、そうも言ってはいられまい。凡才にも果たすべき役割はあろう。専門と選んだ研究分野から、関連する分野に向けて、細々ながら知的交通橋を架設する努力を払ってみることは無駄ではあるまい。このような思いから、筆者は、以前、人間の社会的行為空間の分節化の方法について試論を素描してみた1)。そこでは、人間行為の動機にそくして人間の社会的行為を経済・政治・社会・文化の4 空間における行為として分節化し、現実の人間行

為は、この4 空間が相互に入り組んで入子・モザイク型をなしている空間のなかで行われるとの認識仮説を提示しておいた。

 この認識仮説は、経済的行為に関して言うならば、近代経済社会を対象にした従来の経済学が、「商品」を経済学的範疇として純化しすぎている点に反省を求めることになる。

「商品」は、なんらかの有用性( あるいは使用価値) を持つ物・サービスで、価格が付与される( あるいは交換価値を持つ) モノとされて、経済学の対象となっている。価格あるいは交換価値はよいとして、問題は、有用性あるいは使用価値である。ひとまずモノの自然的属性を基礎に、人間が有用性・使用価値を評価するわけであるが、その評価行為は、経済的評価基準によるとはかぎらない。食物にしても、おいしさという味覚は、アジアでもアミノ酸に規定される地域( 東アジア・東南アジア) と脂肪に規定される地域( 西アジア) に分かれるという見解2)があるように文化的空間の作用が大きいし、イスラム世界の

豚肉やヒンヅー世界の牛肉のような禁忌は社会的空間による有用性・使用価値の限定作用である。あるいは、商品を差異化の記号としてとらえるJ.ボードリヤールのような見方3)も、社会的空間が有用性・使用価値を規定する作用に着眼しているといえる。武器の有用性・使用価値は、政治的行為との関連で規定されるのは明白である。つまり、有用性・使用価値は、経済的空間のなかで一義的に決定されるものではなく、他の空間における行為動機によって規定されるものでもある。

 すこし観点を変えれば、モノの有用性・使用価値は、モノに内在する属性そのものではなく、人間の欲望との関係でモノの属性が有用性・使用価値として現われるという性質のものである。人間の欲望のあり方によって、モノの有用性・使用価値の有無あるいはその大小が決まる。人間の欲望は、経済的空間ばかりでなく政治的空間・社会的空間・文化的空間に発生場をもつものであるから4)、有用性・使用価値を持つ「商品」を、経済学的範疇として純化することには無理があると言わねばならない。

 経済学は、あえて有用性・使用価値が現象する過程への配慮を捨てて5)、あるいは、有用性・使用価値は経済的空間の外部からも入り込んでくる外在的要素つまり所与の要素と仮定することによって、「商品」を経済的範疇として抽出し、その上に、極めて論理的な構成を持つ経済原( 理) 論を築いてきた。「商品」を学問対象として純化させることで、従来の経済学は、自らを「科学」として発達させてきたと言って良かろう。

 しかし、現代を人類史の危機の時代と見る観点からすれば、従来の経済学のありかたには大きな不満が生じる。高度経済成長が、大衆消費社会を成熟させて「過剰富裕化」段階に導き6)、この消費レベルを世界全人口が享受することには地球そのものが耐え得ないとすれば、現代の経済学が取り組むべき課題は、さらなる経済成長の実現ではなく、むしろ経済成長の抑制ということになる。もちろん、広汎に残っている貧困地域の解消は課題であるが、「過剰富裕化」地域をさらに富裕化させることに経済学が手を貸すことはない。先国を「過剰富裕化」させることに成功した資本主義システムは、その成功によって社会体

制を安定させてきたのであるから、経済成長の抑制は、新たな体制安定化メカニズムの開発を要請するであろう。社会体制が不安定になるのは、その社会構成員の欲望が充足されないところから発するのであるから、まさに< 欲望 >のあり方が問題である。市場経済を前提にすると、< 欲望 >のあり方は、「商品」のあり方の問題ということになる。されば、経済学が、現代的課題に対応しようとする時、「商品」特にその有用性・使用価値を外在的な「所与」として取り扱う従来の方法を続けるとすれば、ほとんど成果は期待し難いのではなかろうか。

 経済学が、これまで純化し続けてきた「商品」範疇を再検討しようとする場合には、あらためて、経済的行為がほかの社会的行為空間とどのような関わりをもつかを検討し直す必要が生じるに違いない。すでに、このような再検討の動きは経済学のなかで開始されつつある7)。社会科学の専門分野の間に、さらには人文科学・自然科学との間に、知的交通橋を架橋する作業は、徐々にではあるが進められている8)。筆者のこの小論も、架橋作業の一環として位置づけておきたい。

 

                   2

 人間の社会的行為を経済・政治・社会・文化の4空間における行為として分節化する認識仮説を前提として、この小論では、時間の問題を検討してみよう。つまり、経済史が、経済的事象を歴史的に分析すると言った場合の、経済的事象については4空間分節化仮説でひとまず処理するとして、つぎの歴史分析とはなにかという問題について、筆者の考え方を述べてみたい。 人間行為は、ある空間における行為であるとともに、ある歴史時間のなかにおける行為でもある。経済的行為の結果として現れる経済的事象は、たとえば1929年から井上財政が登場したが1931年暮には高橋財政に席を譲ったというように、ある時間の座標軸の上に位置づけられる。とはいえ、この時間は、暦時間として認識されるだけではない。たしかに、年表を繰れば、井上凖之助が1929年4月に大蔵大臣に就任し、1931年12月には高橋是清が大蔵大臣として入閣したこと、井上蔵相のもとで1930年1月に金解禁が実施され、高橋蔵相が1931年12月に金輸出を再禁止したことなどが記載されている。しかし、これらの事象について年表が示してくれるのは、暦時間の上での事象生起の先後序列だけであり、そのような歴史的事実を知るだけでは、事象を歴史時間座標に位置づけたと言うことはできない。1929年とか1931年という時点が、人間の経済的行為の歴史のなかでどのような局面にあるのかを確定する歴史認識仮説を前提にして、はじめて井上財政なり高橋財政なりの歴史時間上の位置が判定できるはずである。つまり、経済的事象を、年・月・日・時・分・秒などで区分された直線的な物理時間軸(暦時間)のうえに位置づけることは、第1次的認識としては不可欠であるとしても、それとは別に、歴史時間軸を想定して事象を位置づける作業こそが、歴史分析なのである。

 従来も、歴史的に生起した諸事象をいくつかの時期に区分して、それぞれの時期の差異を対比可能にすることが歴史学の課題とされてきた。歴史を時期区分することが歴史学であるというわけで、たとえば、古代・中世・近代の3区分法が古典的な時期区分の方法として提起されたり、原始共産制・総体的奴隷制(貢納制)・家父長制的奴隷制・封建制・資本制・社会主義に社会構成体を区分する方法が唯物史観として提唱された。しかし、古典的時期区分法については、人間行為空間の分節化が明確ではないし、唯物史観の土台と上部構造の分節化にも疑問点が多い。また、ともに、ヨーロッパ世界をモデルとする点に限界があることが指摘されてきたし、歴史の展開過程を単線的に捉えすぎることにも批判が出されてきている。それぞれに歴史時間の測定のための座標軸を提起してはいるものの、やはり、満足できる水準に達しているとは言い難い。

 単線的な時間把握という批判は、ヨーロッパとアジアの歴史展開の差異を強調する見方や先進国と後進国の対比を重視する見方、あるいは、民族には固有の歴史があるとする見方などからだされているが、そもそも、歴史時間を問題とする場合には、時間という概念をどのように把握するかという根本的な難問がつきまとってくる。キリスト教的世界観が天地創造から最後の審判にいたる直線的あるいは線分的時間概念を持っているのに対比して、仏教的世界観が輪廻思想のような円環的あるいは螺旋的時間概念を持っていることは良く指摘される。ヨーロッパ哲学にとっても時間論は、ギリシャ哲学いらいの中心的関心

事のひとつであり、なお諸論が並立する状況といえよう。自然科学においても、ニュートン的絶対時間の概念が、アインシュタインによって否定されて時空概念が成立した後も、なお、宇宙論で、宇宙の創成と終焉を説明する際の仮説として虚時間概念が提起される9)など、時間の性格をめぐっての議論が続いている。

 時間の本質論とは別に、人間の時間意識についても、歴史的変遷が認められる。1日の区分法の不定時法から定時法への変化、1年の区分法の自然暦から太陰太陽暦、太陽暦への変化、自然のリズムによる時間区分のなかに週(8日週・7日週・6日週・市日週等)・曜日・祝祭日・節気・六曜などの人為的な時間区分を設定する方法の変化などは、時代・地域・民族によって様々な形で観察されている。ヨーロッパにおける計時法つまり時計の発達と関連させながら時間意識の変遷を、<神々の時><身体の時><機械の時><コードの時>と捉えたのはJ.アタリであるが10) 、一般的には、時間意識は、<聖なる時間>と<俗なる時間>の区分の形成からその解体へ、<共同体内時間>から<共同体間時間>さらには<普遍的時間>の採用へ、<反復する時間>より<直進する時間>の重視へと変化してきたと見てよかろう。この変化は、自然科学の発達によって促された側面もあるが、より規定的な要因は、政治的支配のあり方、社会統合の機序、商品経済あるいは資本の論理の作用であろう。

 文字暦の作成が、支配者・政治権力者の手によって行われてきたことは、洋の東西を問わず広く確認できる事実であり、<聖なる時間>を区分することによって自らの権威を強化すると同時に、被支配者に<労働の時間>を強制する時間の管理技術は、古代社会から発達してきた。<ハレの時間><祝祭の時間>と<ケの時間><日常の時間>を区分することは、共同体の社会秩序を維持する機能をはたしてきたし、支配・被支配関係の保持にも役立つてきた。牧畜・農耕社会では生態学的時間 ecological time11) 、たとえば、スーダンのヌアー族の「牛時間」( 牛舎から牛を出す・搾乳・牧草地へ連れ出す・山羊や羊

の搾乳・牛舎の掃除・牛を連れ戻すという作業で時間を区分) やフィリピンのボントック・イゴロット諸族の「米年 rice year」( 稲作作業で1 年を8 期間に区分) など<反復・循環する時間>が採られるのに対して、工業社会では、標準時間を持つ定時法によって労働時間が規定され、作業過程はストップ・ウォッチで線分化された時間で管理され、<直進する時間>のなかに労働が閉じ込められる。

 共同体と共同体の間に発生した商品交換は、<共同体内時間>の制約をはなれて、<利潤量を微分する時間>としての<時計で計られる普遍的時間>の軸に添うようになる。商品経済の発達が、資本とくに産業資本を育てあげると、時間単位当たりの利潤量(年間利潤率など)を最大にするための競争が行われるなかで、時間の枠内の効率性が、生産過程においても流通過程においても追求され、「信用関係に生ずる利子が、資本に時間による規律を強制する機構の中心になる」12) 。「時は金なり」の箴言が、市場経済のなかでの人間行為の内面倫理化する。あるいは、近代社会では、「定時行動の規律化」「時間厳守

 punctuality」「速カサ」が集団の規律を高め、時間を貫く「微視的権力」が発達して社会の秩序化を促進する13)

  つまり、時間を分節化する作法は、経済・政治・社会・文化それぞれの行為空間の変容と連動しているわけである。その意味では、物理学が「時空」概念を導入したように、人間行為に関しても、空間と時間とが不可分な関連を持つことを想定することができそうである。経済的空間と経済的時間、政治的空間と政治的時間、社会的空間と社会的時間、文化的空間と文化的時間という空間と時間をセットにした分節化である。歴史的に見れば、総体的な人間行為に対して、政治的空間が強い規定力を持つ時代には<聖なる時間>が、社会的空間が強い時代には<共同体内時間>が主たる時間軸となり、経済的空間が強烈な

規定力を持つにいたった時代とくに近代社会では、<直進する時間>が主軸となると言えよう。高度経済成長は、<直進する時間>を極限にまで細分化して効率性を追求する経済的行為の所産であり、その「成果」が、「過剰富裕化」と「資源蕩尽・地球破壊」である。<直進する時間>が人間行為を過度に規制する現代には、「刹那型思考」の蔓延と「思考の脱歴史化・脱社会化」「社会的な知的退化」を鋭く指摘する発言(馬場宏二)14) や、「機械時計からデジタル時計への移行が、時間意識だけでなく空間の意識さえも崩壊してゆくプロセスを象徴しているのだとすれば、現代人はすべからく分裂病者(ミンコフスキーの用

語・・・引用者)をさらに分裂者(ドゥルーズ=ガタリの用語・・・引用者)に仕立てあげようとしているのではないか」との「巨大な比喩」で時空の現代的位相を描き出す発言(佐伯啓思)15) が登場するのも頷ける。

 歴史時間を問題にするまえに処理しておきたい時間本質論・時間意識論ではあるが、まだ充分に説得力ある学説を見出すことができないし、筆者の理解も満足できる水準には達していないので、ひとまずはこの程度に止め、先に進みたい。ただ、その前に、空間の分節化と関連して、経済学が時間をどのように取り扱ってきたかを確認しておくことは有用であろう。人間の経済的行為が、ある時間のなかにおける行為であるという事実にもかかわらず、経済学は、意外にも、時間には無頓着である。もちろん、利潤論にせよ利子論にせよ、あるいは剰余価値論にせよ、それを説く時には、<線分化された時間>概念を用いているし、景気変動論・経済成長論でも<直進する時間>が前提となっている。しかし、近代経済学もマルクス経済学も、ともに、理論的に重要な部分で、時間に躓いている。

 近代経済学のミクロ理論では、市場で価格が決定され、商品需給の均衡が達成されることを説いている。均衡が実現する条件は、供給曲線と需要曲線が設定出来るということであるが、価格変化に対応した供給・需要の変化にはそれなりの反応時間が必要であることには特別の配慮はされず、いわば均衡は即時にあるいは無時間的に実現するものとされている。現実的に考えれば、投資設備は固定的であるし、新規投資には不確実性がつきまとうから供給の変化には不確定な時間がかかるし、需要の反応時間もゼロとするわけにはいかない。それどころか、需要の決定要因を、所与の価格と予算制約のもとに効用を最大化する消費者の選択行為に求めた場合、財の種類nが2とか3ならともかく、nが100 近くにもなると、もはや、効用最大の財の組合せを選択するのにかかる計算時間は、「宇宙開闢以来の時間を超えてしまう」という試算が示されている16) 。「計算量の理論」からすると、簡単に需要曲線を描くことは出来なくなるというわけである。このアポリアは、ホモ・エコノミクスを想定した方法論的個人主義から離れれば解消するという性質のものでもなさそうである。

 同様なことは、マルクス経済学についても指摘できる。効用計算の手間をかけることはないが、私的資本の無政府的な行動が社会的には均衡( 需給の均衡=労働力の社会的配分の均衡)を達成する根拠を労働価値説に求めた場合、時間経過とともに生じる生産力の不均等な変化(労働生産性の不均等な変化)が諸商品の価値関係に及ぼす影響を考慮すると厳密には均衡が実現しないことになる。ここでも、生産力はある期間は一定であるとの仮定、つまり無時間性の仮定を導入することによって論理的整合性を担保することになるが、「均衡をいわば静態的に考察する生産論という場の理論的な限界が露呈」17) すると言わざるを得ない。この時間問題のアポリアについて、山口重克氏は、「価値法則の存在の想定の際には、・・・いわば抽象的な時間を想定しているということになるのかも知れない。具体的な時間の導入はある程度は競争論で行われることになるが、もちろんそれにも限度があり、つまりそこでもブラック・ボックスに入れておかなければならない問題が残ることになり、さらなる具体化は段階論以降でということになる」18) と述べておられる。時間問題を、原理論ではブラック・ボックスに入れて、段階論・現状分析論で解明するというのもひとつの方法であろうが、論理抽象度のことなる経済学段階論の間の交通関係が明確にされないと、真のアポリアの解消にはならないのではなかろうか。むしろ、原理論のレベルで、時間を導入できる限界を明確にすることによって、段階論(経済政策論)への論理的展開の糸口をつける方が生産的であるように思われる。

  さきには行為空間との関連で経済学に「商品」概念の再検討を要請したが、ここでは、経済学が時間を内包的に処理する課題を背負っていることを指摘したことになる。これは、上述の理論問題の始末に限らず、一般的に静学の色彩の強い経済学を、時間を取り込んだ動学に鍛え直す作業の必要性を感じるからである。もちろん、動学化への期待は、経済学がさらなる経済成長に有用性を発揮してほしいからではない。静学的経済学が、均衡状態の実現過程に強い関心を払うがために、経済的空間の自立性・独立性を過度に強調する傾向を持つことに対する不満からの動学化への期待であり、動学化して不均衡要因に関心を

持つにいたるであろう経済学が、そこから他の人間行為空間との交通橋の架橋作業の必要性を内在的に承認することを期待してのことである。

 

                   3

 さて、歴史時間の問題に進もう。まえに人間行為の空間と時間をセットにして分節化できる可能性を示唆したが、これは、やや厳密に言うと、ある歴史時代に生きる当事主体が、ある行為空間である時間意識の下で行為するということであり、それを、現代に生きる分析主体が認識対象として把握できる可能性を述べたわけである。したがって、行為空間と時間意識のありかたを分析することは、歴史の時期区分に際しての重要なデータを獲得することにはなるが、それ自体が歴史時間の分節化の基本的方法ではない。分析主体としては、まず、人類史を分節化する理論的な枠組みを構想しておく必要がある。

 素朴なところから話をはじめると、人間が生きるというのは、<いま><ここで>生きているのであり、<いま>という時間と<ここ>という空間で規定される<場>に生きていることになる。そこで、分析的に考える糸口は、<人間が生きる>ということの分節化と<場>の分節化であり、<場>の分節化は、<いま>という時間の座標を確定するための時間軸の分節化と<ここ>という空間の座標を確定するための空間の分節化ということになる。<人間が生きる>とは、個体としての<ひと>が他の個体と関係しながら<人間>として生きることであるから、ひとまず、<ひと>存在を<ひと><ひと>関係(<人

間>関係)から区別して考えることができる。<ひと>存在は、あえて分節化すると、いわば自然的・動物的・肉体的存在としての<身的個>と心・精神の働きを持つ存在としての<心的個>の両面を備えている。

 <身的個>が生存している<場>を分節化してみよう。<身的個>の生存は、まず日々生理的代謝の持続によって可能となるのであるから、生理的代謝が行われる<場>を想定することができる。これを仮に<第1場>と名付けておこう。<第1場>では、<身的個>が誕生してから死亡するまでの時間が流れる。<身的個>が生存するのは、両親あってのことであり、世代を遡る血統ひろくは種の存続が条件となっているから、<身的個>は人類生成いらいの時間の流れのなかに生きているといえる。この<場>を<第2場>と呼んでおこう。さらに、人類の生成にもそこにいたる生物進化の過程が必要であり<身的個>は、生命誕生いらいの時間の流れの中に生きているのであり、これを<第3場>と呼ぼう。最後に、生命進化はそれを可能にした地球の生成さらには宇宙の生成以来の時間の流れのなかにあるから、<身的個>はこの<第4場>にも生きていると言える。

 この単純でいささか恣意的な分節化には、少々コメントを付けておく必要がある。まず、ここで「時間の流れ」と表現した場合の時間概念は、宇宙生成以来 100億年とか、地球生成以来46億年とかの物理的時間をそのまま用いているわけではない。もちろん事象生起の先後関係を確認する手段として不可逆的時間軸を用いてはいるが、視点は、<身的個>の状態の変化と<場>の状態の変化に置いている。つまり、ある状態からほかの状態への推移を「時間の流れ」と表現しているわけで、セシウム原子光の振動周期で規定される「秒」の経過数で計測される時間を問題にしているのではない。したがって、それぞれの<場>には、それぞれ異なった「時間の流れ」があるわけで、<いま>とは、いわば4層をなす「時間の流れ」を総合した場合に確定できる時間的位置である。宇宙生成→生命誕生→人類生成→<身的個>誕生という具合に単線的時間軸のうえに<いま>を位置づける考え方ではなく、<いま>を生きる<身的個>は、<第1場>から<第4場>までのそれぞれの<場>に流れる重層的な時間のなかに生きていると考えるわけである。

 <身的個>の<場>を、時間の面から分節化したかたちになったが、当然、空間の面からの分節化も考えられる。<身的個>の場合には、<第1場>は具体的な日常生活空間、<第2場>は人類の生存空間、<第3場>は生物の生存空間、<第4場>は地球を含む宇宙空間を空間として分節化しておこう。<身的個>はこの4層をなす多重空間に生きているわけである。ここでも、空間は、ただ距離の軸で計測できる3次元空間として、狭い空間・広い空間などと考えられているのではなく、<身的個>との関係を持つ事象が配置されている空間が念頭に置かれている。

 <第1場>には、<身的個>が生理的代謝をおこなって生存が可能になる衣食住関連を中心とした消費されるモノ(サービスも含む)が配置されている。消費されるモノが、なぜ必要であるかは、必要摂取カロリー・栄養素のように<身的個>が生理的に必要とする面もあるが、具体的にどのような食物を食べるかは、<心的個>が<ひと><ひと>関係のなかで選択するのであり、また消費されるモノがどのように生産・分配されるかは、<ひと><ひと>関係のあり方にかかわっており、後に取り上げる問題である。<第2場>は、ヒト遺伝子の世界であり、人種・亜人種・血統が<身的個>を規定する。人種差別問

題などは、もちろん<ひと><ひと>関係を介した<心的個>の空間の問題であるが、人間の行動パターンのひとつの特徴である「攻撃性」などは、人間の長い狩猟生活時代がヒト遺伝子に刻み込んだ<身的個>の問題という見方もあり得る19)

 <第3場>は生命圏であり、<身的個>が消費するモノが人間から見ると資源として配置されている。原始大気のなかで生まれた嫌気性生物に代わって登場した好気性生物によって海中で気体酸素が生産され、海水中の鉄が酸化鉄(つまりは人間にとっての鉄鉱石)に変わり、さらに過剰化した酸素が大気中に放出され、オゾン層が形成されて陸上生物の登場舞台がつくられるという生命史の幕開けの部分は今日では常識となっている。いらい今日にいたるまでの生命圏の変遷の結果が<第3場>で、二酸化炭素循環に象徴される生態系との関係問題は、「エコロジー」の言葉で思想化(行為規範化)されてさえ来ている。

この<第3場>の自然科学的分析は、人間と環境という2分法が人間中心主義の発想であることを明らかにしつつある。たとえば、ヒトがイネ(稲)と部分的に遺伝子を共有しているという事実20) は、R.ドーキンスの生物は遺伝子生き残りのための生存機械であるとの主張21) にまでは共感できないとしても、従来の人間観の修正を迫るものである。あるいは、J.ラヴロックのガイアGAIA仮説22) にも耳を傾けるべきかもしれない。

 <第4場>は宇宙空間で、<身的個>を構成する物質(粒子)と物質間にはたらく力(重力・電磁気力・弱い力・強い力)は、宇宙に普遍的に存在するモノと力であることを自然科学が解明しつつあり、<身的個>は、生命を生み出した惑星=地球を介して、太陽系・銀河系そして宇宙と関係する。地球の活動( たとえば地震・噴火) が人間に影響を与えることは簡単に実感できるし、地球重力の作用の生命への影響は人口衛星を使っての実験テーマであるし、地球の衛星=月の引力の生命活動への作用も確認されているし、太陽黒点の変化が植物の成長に影響するばかりか<身的個>の脳にまで作用するとの仮説すらあ

23) 。S.ホーキングも共鳴している「人間原理」( 宇宙が現にある姿をしているのは、それ以外の宇宙では知的生物が現れず、宇宙を観測することが出来ないからだ) 24) は、人間中心主義の宇宙版のように思えるが、<第4場>についての科学がまだ発展途上にあることを考えると、あながち無視することもできまい。

 最後に、蛇足的コメントを付けるならば、宇宙生成を可能にした<第5場>は、現在の自然科学では確認できておらず、むしろわれわれの知る時空は現宇宙の属性と見なされているから、これ以上の<場>を想定するとすれば、それは神の世界とするしかない。

 次に、<心的個>の<場>の分節化に進む順序になるが、これは<身的個>の場合のように単純にはできない。筆者の能力と勉強の不十分さが原因ではあるが、客観的な理由もある。ひとつの理由は、<身的個>は、ひとまず<ひと><ひと>関係とは切り離して対象化することができたが、<心的個>はまさに<ひと><ひと>関係のなかで形成・変化するものであり、複雑な構造を持っていることである。あるいは、<身的個>は実体として把握することが容易であるが、<心的個>はむしろ関係性として捉える方が的確であるということかもしれない。もうひとつの理由は、<心的個>に関しての科学が<身的個>に関わる科学よりも達成度が著しく低いことである。哲学・心理学・文学・言語学・文化人類学あるいは精神分析学などが<心的個>を対象としてきたが、蓄積されている知識はなお深浅さまざまな断片的なもののように見える。あるいは、大脳生理学・精神病理学・遺伝子学などが<心的個>と<身的個>の相互関連を追求してはいるが、まだ満足すべき成果をあげるに到っていない。このような知識状況では、<心的個>の<場>の分節化は極めて困難であり、とりあえず思いつくままの粗雑な(あまり内実を持たない、むしろ形式的な)スケッチを描くにとどめざるを得ない。

 <心的個>の<場>も4つに分節化することにする。<第1場>は、日常的な生活時空間で、<心的個>の欲望・感性(感覚と感情)・理性(事象認識力と価値基準・行動規範形成力)・意志・直覚などの形成・変化が生起し、人格的自己同一性 Identity が形成・維持される。時間は<心的個>の形成・成長過程として流れ、その死(この判定基準は問題として残るが)で止まる。空間は、<ひと><ひと>関係のすべてと見ておこう。<第2場>は、人類時空で、<いま>を生きる<心的個>は、<過去>に生きた<心的個>の欲望・感性・理性のあり方を大なり小なり継承しているし、<未来>に生きる<心的個>のそれらになんらかの作用を及ぼす。この継承・作用関係は、<第1場>での世代の重複が視覚的接触的にそれを可能にする面もあるが、より重要なのは「言語」を媒介とする情報伝達であることは自明であろう。とはいえ、ここでは、情報伝達の媒体として「言語」を重視するわけではない。「言語」は、深いところで<心的個>を規定している。そもそも、動物世界から人間を区別する仕方がいくつかあるなかで、<心的個>の面からすると、「言語」使用が決定的な意味を持つと言える。情報伝達の媒体としての「音声」なら動物も持っているが、環境世界(Umwelt)25)を「言語」によって分節化して認識対象に転化させるわざは人間の特性であり、「言語」が、人間の欲望・感性・理性の形成に関与するところは極めて大きいと考えられる。動物は<身分け構造>のなかに生きるが人間は同時にコトバによるゲシュタルトを持って<言分け構造>のなかに生きるようになった時から

人間になったとの丸山圭三郎氏の仮説26) は魅力的である。<心的個>の<第2場>は、むしろ、言語時空と見る方が適切であるのかもしれない。この<場>での「言語」については、まず、F.ソシュールによって開かれた一般言語学の方向に沿った認識論分野での研究と、おなじくソシュールが着目した記号論研究とが解明しつつある言語の一般機能が基礎的意義を持つと予想できる。「言語」の一般機能に続いては、<ひと><ひと>関係のなかで歴史的に形成された言語( ソシュールの指摘するラング langue)が持つ機能に注目する必要がある。語族・語派・方言が、<心的個>を規定する作用は、<第1場>の日常

的時空の規定力とは別の検討課題となるであろうし、ラングの構造、たとえば敬語( 尊敬語・謙譲語・丁寧語) のあり方も規定力を持つ。さらには、発話行為(ソシュールのパロール parole)の形式(ディスクール  discours)が、<心的個>を規定する面も、エスノメソドロジーが会話分析に着目するように検討すべきであろう27) 。この<第2場>の時間は、「言語」そのものの諸機能の形成・変化の過程と「言語」によって記録された<心的個>のあり方に関する情報蓄積過程として流れる。過去から蓄積された情報(もちろんこの情報は言語によるばかりでなく、化石・遺跡や技能継承などの形でも記録されるが、言語記録が情報量最大であろう)が、<いま>生きる<心的個>に作用するのは自明として、「言語」そのものの変化が持つ意義は、たとえば、音声言語世界と文字言語世界の位相差を考えても28) 、現代のコンピュータ言語の作用を予測しても29) 、極めて大きいと思われる。

 <心的個>の<第3場>は、生物時空とでも呼ぶべきもので、大脳生理学が間脳・大脳辺縁系と大脳新皮質との間の交互作用として追求している始原的な心の働きが生起する<場>である。始原的な感性( 快・不快、喜・怒・哀・楽、愛・憎、恐怖= 畏怖、安・不安などの原基あるいは胚芽) と、かつては本能とも呼ばれた<衝動 Trieb>が生起する<第3場>には、生命圏から人類が生成してくるまでとその後の人類進化の累積的過程が時間として流れている。バイオ・リズムがどれほど現実に存在するのかは不明であるが、すくなくとも、約24時間周期(24時間の昼夜リズムか24.8時間の潮汐リズム) のいわゆる

体内時計が存在することは、時差ぼけ現象で体感できる。大脳生理学とS.フロイドいらいの精神分析学が主として研究対象としている<場>であるが、未解明の点が多いと言わざるを得ない。<心的個>の<第4場>としては、自然時空を想定してよかろう。景観・気候・風土などと表現される地球のあり方、気象・季節などの地球の状況の変化、あるいは日月星など宇宙空間の事象のあり方は、ひとまず外的刺激として<心的個>に作用する。風土論は、地理学的決定論にならなければそれなりに理解可能であるし、占星術の根拠は不確かであるが、星空や月の光が心に語り掛けてくるものは詩人ならずとも感知できる。アニミズムや太陽崇拝は、物神化・共同幻想の産物と理解はできるが、なお、人間の生物的感性に通底する内実を持ってはいなかろうか。<心的個>の<場>をさらに設定して、霊あるいはオーラ aura の<場>、あるいは神との交通の<場>を考えることも出来ようが、筆者として、<第4場>までを考察の対象としておきたい。 <心的個>はこれら4つの<場>を重層的に生きると考えておくわけである。この4<場>のなかで、現代であれば、始原的感性は現代人の感性として、<衝動 Trieb>は現代人の<欲望>として現れ、言語と累積された知識が現代人の理性を形成することとなって、現代人の人格的自己同一性が生成する。あえて<ひと>を<身的個>と<心的個>に区分したが、この両<個>は、相互規定関係のなかで一体化していることは言うまでもない。相互規定関係とは、<心的個>にとっては<身的個>が<場>であり、<身的個>にとっても<心的個>が<場>となっているという関係である。この<心的個>と<身的個>の関係は、心身問題として、さらなる検討課題となるが、とりあえずここでは見送りにしておきたい。

 <ひと>存在の<場>の分節化の次の課題は、<ひと><ひと>関係の分節化である。<ひと><ひと>関係の分節化には、いくつかの方法がありそうである。<心的個>の形成・変化の過程に作用する<ひと><ひと>関係という観点からアプローチするのも興味深いが、ここでは、<ひと><ひと>関係を広義の社会関係と捉え、人間の社会的行為をその動機にそくして分節化する方法を選びたい。そして、とりあえず、筆者が前に試みた検討結果を援用することにする。つまり、前に述べたように、人間の社会的行為空間を、経済・政治・社会・文化の4空間に分節化するわけである。<場>の空間的性質は、ひとまず検出済みとすれば、次には、時間の分節化が課題となる。

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 かなり回り道になったが、人間の社会的行為の<場>の歴史時間を検討するのにあらかじめ必要と思われる作業は一応済ませたつもりである。本来は4空間のそれぞれについて時間の分節化をおこなわなければならないが、それこそ筆者の持ち時間の制約と能力の限界から、ここでは、経済的空間の時間分析に課題を限定させていただく。

 前に、経済的空間には経済的時間があると想定したが、これは当事主体が物理的時間を分節化する仕方、つまり時間意識の問題であって、歴史時間とは異なる。歴史時間の分節化は、前節で試みたように、<場>の形成・持続・変化の流れを、分析主体が分節化することと考える。ここであらかじめ用語の整理をしておこう。<ひと>(<身的個>と<心的個>の統一体)の生きる<場>を、<第1場>から<第4場>まで分節化したが、社会的行為の主体は第1次的には<ひと>であるから、社会的行為総体が生起するのも、この4つの<場>と言ってよかろう。つまり、<第1場>の日常生活時空で、<ひと><ひと>関係と社会的行為が生起するが、この社会的行為は、<第2場>の人類時空でも生じていると見ることができ、同様に<第3場><第4場>とも無関係では有り得ない。ところで、社会的行為を4空間に分節化したが、この空間は、当然、4つの<場>のなかに位置している。4つの<場>はそれぞれの空間を持つのであるから、社会的行為空間は、<場>の空間のなかにあることになる。つまり、<場>の空間をさらに分節化して4つの社会的行為空間に区分したわけである。同じことは時間についても言える。各<場>の時間のなかで、各社会的行為の時間が流れるのである。要するに、<ひと>の生きる<場>(時空)のなかに、<ひと><ひと>関係の<場>(時空)がある。ちょっと複雑な重層的構造、あるいは入子細工・モザイク型構造になっているので、ややまぎらわしい。そこで、<ひと>の生きる時空は<場>、社会的行為の生起する時空は<状況場>と区別をつけて呼ぶことにしたい。

 さて、経済的空間を、<場>との関連で経済的<状況場>と捉え直して、その<状況場>を分節化する作業を試みてみよう。人間の経済的行為が、まず<第1場>日常生活時空で生起するのは日常的に自明である。われわれ日本人は、国際的連関のなかで日本において、生産・分配・消費行為を行って生活している。世界経済のなかの日本経済のあり方の変化が時間として流れる。これを<第1状況場>と仮称しておこう。つぎに<第2場>人類時空の経済的空間であるが、人類はヒトとして登場いらい経済的行為を続けてきていると見て良いであろうから経済的空間はヒトとともに古い30) 。生産・分配・消費が実現される仕組みは、時期・地域によってさまざまな姿を呈してきた。生産に視点を置いて、採取狩猟社会・遊牧社会・農耕社会・工業社会などの分節化がしばしば行われているし、分配・流通に視点を置いた、自然経済・貨幣経済・信用経済などの分節化の仕方もある。筆者としては、後述するような視点から、まず「社会の経済的構成」を分節化したい。これは、たとえば、現代の日本は資本制社会、江戸時代は封建制社会などと捉える見方で、マルクスの経済的社会構成31) の概念に近い。この「社会の経済的構成」の分節化は、人類史をかなり大きく時代区分することになるので、これだけでは、特に経済史研究にとっては不便が大きい。そこで、この大きく区分した時代をさらに小さく区分する方法を取りたい。たとえば、資本制社会をその生成・確立・変質の過程として段階区分するわけである。後述のように、資本制社会の段階区分は、宇野弘蔵の経済政策論の区分を基礎的には継承する。人類時空の経済的<状況場>を2つの視点から分節化することにしたので、呼称を整理して、まえに<第1状況場>と仮称したものを<小状況場>と呼び替え、「社会の経済的構成」区分を<大状況場>、その下の段階区分を<中状況場>と呼ぶことにしたい。

 さて、人間の経済的行為は、<ひと><ひと>関係であるとともに<ひと><自然>関係を含んでいる。<第3場>生物時空と<第4場>宇宙時空の経済的<状況場>は、ともに、この<ひと><自然>関係に視点を置いて分節化される<状況場>である。生産と呼ばれる行為は、動植物・鉱物・地球エネルギーなどのいわゆる資源を労働対象として、労働手段を用いる労働によって、最終的には消費財を作り出す行為と理解されている。動植物は生物時空に配置されているし、鉱物にしても石炭・石油(あるいは天然ガスも)は起源としては生物活動であり、直接的ではないが鉄鉱も原始的光合成生物の活動の所産と言えるから<第3場>無くしては生産はあり得ないし、非生物起源鉱物や水力利用を可能にする太陽熱と重力などが<第4場>に配置されていることも自明である。遺伝子を資源とする観点からの生物種保存の重視や、スペースシャトルの無重力実験が示す重力の生産に対する意味の再発見は、自然科学の発達とともに<第3場><第4場>が、経済的行為の時空として持つ意味が再確認されて来たことを示している。あるいは、生産活動は、最終的には消費財を作り出すと同時に、その過程で産業廃棄物と廃熱、いわゆる負の生産物を作り出していることも公害問題を契機に意識化され、その棄却が<第3場>さらには<第4場>に及ぼす影響にも目が向けられるようになってきた。同様に、消費と呼ばれる行為も、人間が生活を維持しながら、生活棄物と廃熱を「生産」する行為であることが、ゴミ問題や二酸化炭素問題などの形で痛感されるまでになった。

 経済的行為が、太陽エネルギー・無機物からの植物による有機物の生成→動物による有機物の摂取と廃棄→微生物による有機物の分解・無機物への還元という生態系=エコロジカル・システムの存在を前提して成立すること、さらには、エコ・システムが、オゾン層による紫外線減量効果によって保護されているばかりでなく、大気圏中の水の循環によるエントロピーの宇宙空間への放出によって存続可能になっていることは、槌田敦氏らによって鋭く指摘されてきている32) 。<第3場><第4場>が、経済的行為を可能にする、つまりは経済的行為の限界を規定する大きな枠となっていることは明白であろう。このふたつの<場>は、石炭・石油が生物起源であると同時に地球活動(地殻変動・地熱)の所産であることが例示するように、経済活動の観点からは、<ひと>にとっての<自然>時空として総合的に把握することができる。この<自然>時空における経済的<状況場>を<超状況場>と呼んでおこう。

 このように、経済的<状況場>を、<小状況場><中状況場><大状況場><超状況場>の4つに分節化する仮説を立てておきたい。再度確認しておくと、どの時代の経済的行為も、これら4つの<状況場>によって重層的に構成されている経済的時空のなかでの人間の社会的行為ということになる。われわれは、世界経済のなかの日本経済という<小状況場>、現代資本主義という<中状況場>、資本制社会という<大状況場>、蕩尽・破壊されつつある<自然>という<超状況場>において経済活動をおこなっていると考えるわけである。

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 さて、経済的<小状況場>は、いわば日々の新聞の経済欄に載る事象が生起する時空であるから、それらの事象をどのような方法で分析するか(たとえば、日本経済論あるいは現状分析論の研究者、官庁エコノミスト、経済調査機関のエコノミスト、経済ジャーナリストなどがそれぞれの方法で分析しているが、どの方法が的確か)という大問題はあるにしても、<状況場>としては理解しやすかろう。また、経済的<超状況場>は、1972年のローマ・クラブの報告書いらいジャーナリズムの話題にもなり続けてきた時空であり、その後1992年のブラジル国連開発環境会議にいたる20年の間に極めて少ない政策的対応がおこなれたに過ぎず、もはや人類の経済活動は「地球の限界」を越えてしまったことが懸念されるにしても、ともかくその存在が理解できる<状況場>であろう。したがって、ここで説明を必要とするのは、<中状況場>と<大状況場>である。

 あらかじめ経済的<状況場>の分節化方法にともなう問題点を明記しておこう。経済的空間をひとまず政治・社会・文化的空間から区分できるものと考えているが、第 1節で強調したように、経済的空間はほかの空間と相互に関連性を持っている。したがって、経済的<状況場>の分節化に際しても、ほかの時空間が経済的時空間を規定する面を考慮しなければならない。とくに、前近代社会では、K.ポラニーが指摘する通りに、経済システムは社会関係のなかに埋め込まれて( embed されて) いた33) といっても良いから、経済的時空間を単独の、あるいは純粋に自立した時空間として抽出するのは無理であり、またあえてそうすると記述はほとんど無内容なものになりかねない。そこで、ここでは、ほかの時空間の規定力を、それが経済的時空間に及んだ地点・時点で捉え、それがどのような過程を経て経済的事象を規定するかについてはとりあえず不問にするという処置をとりたい。具体的には、所有・共同体・支配・政策・需要などの事象は、経済的時空以外の時空の強い規定を受けるが、それらの事象自体の生起過程は別の検討課題として残し、ここでは、それらを経済に対して規定力を持つ所与の事象と見なして経済的時空を分節化するという仕方をとる。

  はじめに、<大状況場>から検討するのが便利な順序である。人類がこれまで生きてきたさまざまな社会の経済的構成を類型あるいは理念型として分節化する方法は、いくつか提起されてきた。前にすこしふれたドイツ歴史学派(F.リスト、B.ヒルデブラント、G.シュモラー、K.ビュッヒャー) 流の方法、M.ウエーバー、K.マルクスの方法、さてはW.ロストウの方法等々である。ここでは、諸説の当否を検討する作業は省略して、筆者の考え方を略述しておきたい。考え方の基礎は、マルクスの方法であるが、いわゆる唯物史観そのものとは一致しない。

 社会の経済的構成を3つの位相から分節化する方法をとりたい。第1は、モノに関する<ひと><ひと>関係のあり方、第2は、社会的余剰の生産・配分の仕組み、第3は、再生産の調整機構である。

 まず、第1位相では、モノの使用・収益・処分に関して社会の構成員がどのような権利関係にあるかが検討点になる。モノの内容については、従来は生産手段(土地・道具・機械・装置・構築物・原材料・エネルギー源など)が重視されているが、ここでは、消費対象(消費物・サービス)と廃物(生産・消費過程で発生する廃物・廃熱)も含めてモノとしておく。使用・収益・処分に関する権利は、所有権といってよいが、処分の内容については、売買・交換・贈与・相続のほかに廃棄も含めておきたい。廃棄は所有権の放棄と見なされてきたが、廃棄もその発生者が所有するモノの処分のひとつの形式で所有権の行使と考えるわけである。所有権は、使用・収益・処分の全てに及ぶ場合もあるが、部分的であったり、不完全であったりする場合もある。権利の内容は、排他的な支配である。排他的な支配の主体は、社会の構成員全体の場合・構成員のある部分の場合・構成員個人の場合などでありうる。そこで、対象となるモノの区分・所有権のあり方・権利主体のあり方という3つの軸で構成される3次元マトリックスのなかに、第1位相から見た諸社会の経済的構成が分布することになる。

 このような第1位相から見た経済的構成の分類のなかで、これまでの研究史が注目してきたのは、生産手段の共同所有・私的所有のあり方である。生産手段の所有関係を生産関係と呼び、そこから階級概念を導き出しながら、生産関係と生産諸力の結合体を生産様式と名付けて、人類史を原始共産制から資本制・社会主義への歴史と捉える唯物史観、あるいは、共同体を類型化して、原始的・アジア的・古典古代的・ゲルマン的(封建的)などの共同体を区分し、近代資本制社会は共同体が解体した社会と捉える見方などが提起されている。いずれもマルクスあるいはエンゲルスに原基を持つ史観であるが、筆者としては、後者つまり共同体に視点を合わせる見方を取りたい。前者つまり生産様式論は、所有概念をかなり広義に用いた場合には説明力を持ちうるが、そうすると政治的時空と経済的時空が分節化できなくなるほどに混合されてしまうので、筆者の方法にはなじまないのである。

 共同体に視点を合わせる見方としては、4共同体(あるいは共産制を入れて5共同体)区分が一般的であるが34) 、上記の3次元マトリックスのなかからは、4ないし5共同体が変形した共同体や別の型の共同体を発見することができそうである。筆者は、さしあたり4共同体を基本類型と見て資本制社会は非共同体社会としておきたいが、とくに、危機に直面した現代、新しい社会の経済的構成を構想するに際しては、新しい共同体の構築を検討する必要があると思われる。3次元マトリックスを想定したのは、この営為に役立つ可能性を期待してのことである。

 念のため再言しておくと、経済的時空からのみ共同体を説明しようとしているわけではない。共同体を形成する原理は、本源的には社会的時空にあると見る方が適切であろうし、形成された共同体がとくに他の共同体と関係しながら持続する場合には政治的時空とも関連してくる。ここでは、経済的時空から共同体を見ているにすぎない。

 経済的構成の分節化の第2位相は、社会的余剰の生産・配分のあり方である。社会的余剰とは、あまり厳密に定義できる概念ではないが、ひとまず、ある社会の構成員のうちで生産に関わる人々が生活を維持するために必要とするモノ(直接消費するモノとそれを生産するのに要するモノ)の物量を超えて生産されるモノを社会的余剰と見ておこう。労働の投入量が増加したり生産力のレベルが上昇すると、社会的余剰が生産されるが、それは、直接に消費に向けられるか、あるいは貯蓄される。貯蓄された分が、次の生産期間に生産手段として使用されると、その社会の生産は拡大する。つまり貯蓄から新しい投資が行われることによって拡大再生産が実現する。

 この社会的余剰は、偶然に生産される場合(たとえば農業生産で天候などに恵まれて豊作になった場合)もあろうが、ここで注目したいのは人為的・意図的に生産される場合である。生産する人々が、自己の生活を充足させている状態で、さらに社会的余剰を生産する労働をおこなうのは、欲望のあり方が変化して従来以上にモノを獲得しようとする場合か、なんらかの強制が加えられた場合のいずれかであろう。前者は、<心的個>のあり方に関わる問題である。ここでは、前近代社会では、欲望が共同体関係のなかでコントロール(主として抑制)される点と、資本制社会では、いわば欲望が解放されて、むしろ欲望

昂進メカニズムが働く点とを指摘するに止めておく。後者の場合は、歴史上、支配・被支配関係のなかで、支配者層が被支配者層に労働を強制し、生産された社会的余剰を支配者層が手に入れる現象として広汎に現れる。

 支配・被支配関係は、特定の個人・集団の命令に、他の個人・集団が服従する関係であるから、それが生成する歴史過程は、極めて複雑である。支配・被支配関係が、前に述べた第1位相のモノに関する<ひと><ひと>関係から生起することは確かであるが、それ以外にも、単なる物理的暴力(腕力・武力)からも生起するし、M.ウエーバーが指摘する正当性承認の3類型( カリスマ的支配、伝統的支配、合法的支配)35)も支配関係の持続性を説明する有効な仮説である。とにかく、支配・被支配関係については、経済的時空と言うよりも政治的時空における事象として別な検討が必要である。

 ところでここまでは、社会的余剰が新たに生産される場合を想定してきたが、「余剰」とは「必要」との関係で規定される相対概念であるから、仮に社会の生産物が増加しない場合でも、社会的余剰は増加しうる。つまり、生産に関わる人々の生活水準( つまり「必要」分) を引き下げれば、その分だけ「余剰」は増える。支配者層が、被支配者層の消費生活のあり方に介入して、「必要」分を抑制することは前近代社会では一般的に見られる事象である。社会の生産物が増加する場合でも、ことは同様である。増加分をどの程度「必要」分に組み入れて「余剰」を形成するかは、支配者層と被支配者層との力関係によって決まると言ってよい。

 さて、社会的余剰の生産・配分のあり方から経済的構成を分節化すると、社会的余剰の生産強制と配分が、支配・被支配関係のひとつの現れである身分制度を媒介として実現する社会と、そうでない社会とに大別できる。ここで身分制度と呼んだのは、<ひと><ひと>関係における<個>の人格的自由度の格差が社会階層別に固定化している状態を指している。身分制度は、それが未形成であった原始時代を経過した後、さまざまな形で歴史に登場し、近代社会においては基本的には消滅したと考えられる。身分制度が、上級身分者による下級身分者への剰余形成労働の強制を可能にする大きな要因となるのが前近代社

会の特質である。当然、身分制度のあり方の違いによって、社会的剰余の生産・配分のあり方が変わる。<個>の人格的自由度格差、つまり、上級身分への下級身分の従属のあり方はさまざまであるが、ここでは、従来の区分にそくして3つの類型を考えておこう。ひとつは、下級身分の<個>が人格的自由を全面的に否定されているケースで、奴隷制がこれに当たる。第2は、共同体に強く規制された<個>が共同体ごと上級身分に従属するケースで、いわゆる貢納制社会に見られる。第3は、共同体からかなりの程度自立した<個>の人格的自由を上級身分が部分的に規制するケースで、いわゆる封建制社会で一般的に見られる。身分制度が基本的には消滅した近代においては、資本制社会では、基礎的には労働力商品売買関係が剰余の生産・配分を実現させ、社会主義社会では、理念的には生産手段を共有する新しい共同体が社会的余剰の生産・配分を規制する。

 資本制社会は、<心的個>の欲望操作によって社会的余剰の増大についての社会的合意形成が容易であること、社会的余剰の生産・配分が労働力商品の売買関係を出発点として実現されるために強制関係が見えにくくなっていること、そして、社会的余剰の取得主体が生産の組織者である資本家・企業であることから余剰が蓄積され投資されるメカニズムを内包していること、などの点で、前近代諸社会とは著しく異なった経済的構成を持っており、したがって、歴史的に見て、最も高度経済成長を実現しやすい体質であることには特別の注意を向ける必要がある。危機の現代で、来るべき新しい社会の経済的構成を構想

する際には、この体質そのものを再検討するべきであろう。

 なお、社会的余剰の概念については、人間が必要とするモノとはなにかという問題と関連させながらあらためて検討せねばならない。古代エジプトのピラミッドは、支配者層が取得した社会的余剰の結晶物であると見るのが普通であるが、あの時代を生きた人々にとっては、自らの人格的自己同一性 Identity を維持するために必要なモノであったのかもしれない。あるいは武器、たとえば現代の核兵器は、社会的余剰の産物なのか社会的に必要なモノなのかは見方が分かれるところであろう。マルクス経済学にそくして言えば、社会的必要労働と剰余労働の区分線をどこに引くのかという問題になる。短期間にモデル・チェンジがおこなわれる現代の乗用車を、必要生産物と見なすのが理論の正当な適用ということにはなろうが、「必要」と「余剰」の区分論は、前にもふれたモノの有用性・使用価値の問題と関連させて再検討してみる余地があるのではなかろうか。 

  社会の経済的構成を分節化する第3位相は、再生産の問題である。どのような社会であっても、その社会全体(支配者層も含めて)が「必要」とするモノ(ピラミッド・核兵器も含む)が供給(生産物の他社会との交換も含めて)されてはじめて社会の経済的維持が可能となるが、そのためには、まず社会の労働が、適切に、各種の経済行為の場に配分されなければならないというのは「経済原則」36) である。では、この労働の配置は、どのようにして適切に実現されるのであろうか。社会の再生産を可能にするには、なんらかの社会的な労働配分メカニズムが存在すると想定してよかろう。これを、再生産の調整機構

と呼び、この機構のあり方によって経済的構成を分節化しようというのが第3位相の設定の狙いである。

 再生産の調整機構を構成する要素としては、個別経営体・共同体・市場・政府(支配者層の行政機構から民主的に形成される行政機構までを含む)などを挙げることができる。前近代の農耕社会では、農民(個別経営体)が自ら必要とするモノの生産に関してはいわば計画的に労働を配分して生活を維持するが、この労働の仕方に関しては共同体がなんらかの規制力を行使しているし、貢納分(支配者層の取得分)については支配者層(政府)が農民あるいは共同体にたいして特定の労働を強制するし、市場も大なり小なりの調整作用をおよぼすという具合になっている。資本制社会では、資本家・企業(個別経営体)が利潤最大化の投資行動をおこない特定分野に労働を集中させるが、これが市場における財と資金の価格変化によって誘導され、結果的には、適切な供給つまりは労働の社会的配分を実現させる。この市場経済は、ときに機能不全や「市場の失敗」に陥るが、そこでは、政府による政策行為が、補完的な再生産の調整機能を発揮する。社会主義は、政府の計画にもとずく労働配置が、基本的には再生産調整を実現させるはずであったが、人々の欲望のあり方が「過剰富裕化」社会の影響で変化するとともに、計画経済の限界に突き当たったというところであろう。

 再生産の調整に関しては、社会全体が「必要」とするモノの総体、つまり、社会の需要総体のあり方=需要構造を規定する要因についても検討する必要がある。また、市場との関連では、取引を媒介する<貨幣>についても検討しなければならない。これらについては、後に資本制社会に関してのみ触れておくことにしたい。

 個別経営体・共同体・市場・政府は、歴史的にはさまざまな姿で現れるが、それらが、それぞれどのような作用を発揮しながら全体として社会の再生産を調整するかを検討することによって、経済的構成の分節化ができると考えている。おおまかには、古い歴史時代には、共同体が基本的な再生産の調整機能を発揮したが、次第に個別経営体が、そして市場が調整の主役になり、その間に、政府が大小の脇役的機能を持ったといえそうである(社会主義社会はもちろん政府が主役であった)。

 以上の3つの位相は、当然ながら相互に関連性をもっており、この3位相を総合的に把握することによって歴史上の諸社会の経済的構成を分節化するというのが、筆者の経済的<大状況場>の分節化の方法である。この方法を用いて具体的に経済的構成を類型化する作業は、今後の課題として、とりあえずは、原始共同社会・貢納制社会・奴隷制社会・封建社会・資本制社会・社会主義社会の6社会を、これまでに登場した人類史の<大状況場>と見ておきたい。結果としては唯物史観の区分と同様になったが、小論の読者諸氏には、分節化の作法が異なる点を読み取っていただくことをお願いしておきたい。

 なお、この6社会区分は、人類史上の区分であり、ある地域の社会が、この6社会のすべてを継起的に経過すると見るわけではない。日本では、無階級社会・貢納制社会・封建社会・資本制社会と歴史時間が流れたと考えてよかろう。ところで、歴史時間が流れたと言った以上、なぜそのように流れたのかが問題となる。つまり、ある経済的構成から次の経済的構成へ移行する歴史的な過程を、どのような因果関連で把握するか、やや曖昧な表現を用いると、移行の歴史的必然性をどう把握するかという難問である。そもそも、諸時空における事象生起の偶然性と必然性をどのように把握するかという根本的な難問があるから、歴史的必然性も簡単に考えるわけにはいかない。偶然性・必然性問題については、論じたいところもあるが、ここでは保留しておこう。

  従来の歴史論のなかで移行の論理を最も鮮明に打ち出しているのは、唯物史観で、生産諸力の発達を移行の要因として明示している。この考え方に反論する積極的な論拠はないが、やはり、生産諸力という概念に、なお不明確なところがあるように思われる。生産諸力は、たんに自然科学的な理論と技術の発達レベルに関わるだけではなく、生産関係と分業( 生産工程分業と社会的分業) のあり方にも関わることはマルクスが鋭く指摘したところである。しかし、生産諸力と生産関係との相互規定がどのようになされるのか、また、分業はなぜ生産諸力を発達させるのかという問題は、充分に検討されて来なかったのではなかろうか。

 筆者としては、前述の3つの位相のあり方が生産諸力の発達にどのような影響を持つかという問題と分業論とを検討するなかで、<大状況場>の移行の基本的な要因のひとつとして、生産諸力の発達を検出できると想定しているが、この作業は未了である。ひとつの要因といったのは、経済的<大状況場>の移行は、経済的時空の内部要因のみに規定されるとは限らず、他の時空からの作用関係もあわせて検討せねばならないと考えているからである。他の時空の<状況場>分節化作業は未着手であるので、ここでは、これ以上の論及は差し控えるしかない。

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  つぎの課題は、経済的<中状況場>の分節化である。<大状況場>のそれぞれについて<中状況場>を分節化することが可能であると想定しているが、いまのところ筆者のイメージが多少明確なのは資本制社会についてであり、ここでは、資本制社会の<中状況場>分節化の方法について略述するに止めたい。資本制社会の発展段階を区分する方法も、いくつか提起されている。W.ゾンバルトの初期資本主義・高度資本主義・後期資本主義の3区分37) 、I.レーニンの「資本主義の最高の発展段階としての帝国主義」の分析38) を出発点としたマルクス経済学の重商主義・自由主義・帝国主義(古典的帝国主義・国家独占資本主義)の3(ないし4)段階区分、W.ロストウの離陸先行期・離陸期・成熟への前進期・高度大衆消費社会時代の4区分39) 、レギュラシオン派の蓄積視点からの「外延基調の蓄積」「大量消費なき内包的蓄積」「大量消費をともなう内包的蓄積」「外延基調の蓄積と大量消費」の区分・調整視点からの「競争的調整への推移」「競争的調整」「独占的調整」の区分40) 、あるいはI.ウオーラーステインの資本主義的世界システムを国家間システムの3つの覇権事例(17世紀中葉のオランダ・19世紀中葉のイギリス・20世紀中葉のアメリカ) とその間のポスト覇権期という区分に関連付けて理解する方法41) などが目立つ。

 ここでは、筆者としては、基礎的にはマルクス経済学の段階区分を取り、それに、レギュラシオン派の蓄積視点の発想を加えて資本制社会の経済的<中状況場>の分節化の方法としたい。マルクス経済学といっても研究者によってかなりの差異があるが、援用したいのは、宇野弘蔵が理論化した経済政策論(段階論)42) であり、この段階論の大内力・加藤栄一・馬場宏二氏らによる展開の成果43) に依拠することにする。

 <大状況場>としての資本主義は、筆者の想定している第1位相からは、共同体が解体した社会であり、やや詳しく見れば、生産手段と消費財(モノの区分)について、使用・収益・処分の全てに及ぶ完全に排他的な単一の所有権(近代的所有権)が成立し(所有権のあり方)、個人(法人を含む)が権利主体となるが、生産手段に関しては社会の構成員は所有者と非所有者に分裂している(権利主体のあり方)という特徴を持つ。第2位相からは、労働力商品の販売者(労働者)の労働が作り出す剰余価値が、その購買者(資本家・企業)間の関係(競争)を媒介にして利潤(社会的余剰)となり、それが企業利潤・利子・地代として配分される経済的構成という特質を持つ。第3位相からは、市場を媒介とした資本家・企業(個別経営体)の活動が労働の社会的配分を実現させるという特質が導きだせる。この3位相のそれぞれについて、政府が、公共財(公共施設)の所有主体となったり、財政による社会的余剰の再配分をおこなったり、経済政策によって労働配分に介入したりする。このような資本主義を歴史的な発展段階に区分しようとすれば、第1位相では、生産手段所有者・非所有者への分裂状態が形成・維持される過程が、第2位相では、労働者に剰余価値生産を「強制」する仕組みと資本家(企業)間での剰余価値配分の仕組みとの変化の過程が、第3位相では、個別経営体・市場が結果として実現させる労働の社会的配分の状態、おおまかに言えば産業構造の変化とその変化の要因としての需要構造の変化の過程が、そして、3位相にかかわる政府の介入の状況の変化などが、分節化の視点にすえられる必要がある。

 以下、3位相にそくして段階区分を試みるが、行論の便宜上、あらかじめ、資本主義の<中状況場>を、4段階に区分するという結論を示し、その論拠を位相ごとに明らかにするという叙述の方法をとりたい。資本主義は、その形成期(始点を明確にするのは難しいがおおまかには封建制末期と言えよう)を経て、産業革命によって確立期を迎え、19世紀最後の4 半世紀から変質期(第1変質期)に入り、第1次世界大戦を画期にさらなる変質期(第2変質期)を迎えるという見方で、宇野起源の段階論の用語である、重商主義・自由主義・帝国主義・現代資本主義の4期区分にほぼ対応する。

 まず第1位相に関わる視点、生産手段所有者・非所有者への分裂について検討しよう。すでに資本主義前史において社会の構成員の所有者と非所有者への分解は進みつつあったと言ってよいが、なお生産手段を所有し自らの労働を投入することによって生計を維持している自営農民・手工業者は大量に存在していた。この小生産者=小所有者たちから生産手段を分離し、無産者つまりは労働力商品の売手に転化させる歴史過程は、原始的蓄積の一側面として知られている。小所有者たちの分解は、無産者(労働者・貧農)と有産者(資本家・地主)を作り出すが、未分解の小所有者もいわゆる旧中間層(農民や小商工業者)として残る。資本主義の形成期は、小所有者の分解で特徴づけられる。産業革命を経て資本主義が確立する過程では、旧中間層のさらなる分解によって所有者・非所有者が形成されるとともに、所有者・非所有者関係が維持=「再生産」される。手工業段階では非所有者が小工業者として所有者に復帰する可能性が残されていたが、機械制大工業段階では、労働者の資本家への転化は基本的には不可能となる。労働者は家庭の営みのなかで労働者を「再生産」し、資本家は利潤蓄積によって、地主は地代取得によって、それぞれ自らを「再生産」して、資本主義の基礎的階級関係の「再生産」が定着する。第1変質期か

らは、旧中間層の分解が鈍化する傾向が観察されるが、これは、後述する不断の相対的過剰人口形成と政府の社会的弱者にたいする所得保証政策、いわゆる社会政策の影響と理解できよう。

 この第1位相に関しては、政府は、まず、私的所有権の絶対性を保証する役割、つまり法治国家の維持という役割を果たす。また、公共財を政府所有として管理・運営するが、第2変質期には、重要産業の国営化が政策手段として採用される場合もある。あるいは、第1変質期から開始され、第2変質期に積極的となる、小所有者の保護政策(農民・小商工業者への所得保証政策)も所有関係に影響する。また、第2変質期には、非所有者を小所有者に転化させようとする政策として、財産形成貯蓄制度・労働者持株制度などが採用されたり、生産手段ではないが労働者持家奨励制度が導入されたりする。いうまでもなく階級宥和政策の一環としての、所有関係へのささやかな、しかし労働者意識への影響は無視できない政府介入である。相続税・財産税も所有関係に影響する可能性がある。これらの政府介入は、一次的には政治的時空の事象であり、それが経済的時空に作用すると理解しておこう。

 つぎに、第2位相に関わる視点から見よう。労働者に剰余価値生産を「強制」する仕組みは、無産者に労働力商品の販売を「強制」する仕組みと、雇用された労働者に作業場において労働(必要労働と剰余労働)を「強制」する仕組みの二面を持つ。労働力商品販売は「飢えの恐怖」によって、労働は「失業の恐怖」によって基本的には「強制」されるが、「飢え」と「失業」の恐怖を発生させる条件は検討する必要がある。「飢え」の可能性は、無産状態そのものから発生するが、他者からの救恤を受ける機会の大小が、その現実化に影響する。資本主義形成期は、エリザベス救貧法が示す労働強制( 伝統的救恤制度からの労働者の離脱強制) に特徴づけられ、資本主義確立期はスピーナムランド法廃止が示す「生存権」の廃棄( 「飢える自由」の保証) 、資本主義変質期(第1変質期、特に第2変質期)は、現代の社会保障制度につながる「生存権」の復活( 「飢えからの自由」の保証) で特徴づけられる。このような政府の介入のあり方が「飢えの恐怖」のあり方に影響する。

 「飢えの恐怖」が労働力商品の販売を「強制」しても、販売価格の如何によっては、資本が剰余価値を実現できる度合いが変わる。販売価格=賃金の水準が問題である。賃金は、ひとまず、労働者の生活を維持するために必要な消費財総額を基準に、労働力商品市場の需給関係のなかで決定される。この必要消費財総額は、各種の消費財の一定量とその価格の総積和であるから、どのような消費財をどれだけ必要とするかという生活水準の問題と供給価格の問題とが関係している。生活水準の問題は、需要構造の問題としてのちに検討しよう。供給価格については、その引下げが相対的剰余価値生産をもたらすという点にのみ留意しておこう。 労働力市場の需給関係のありかたは、賃金水準を規定すると同時に、労働を「強制」する「失業の恐怖」の度合いも規定する。資本主義形成期には、手工業段階であるために、原始的蓄積の過程で生成する無産者を労働者として吸引する工業側の力が弱く一般的には供給過剰状態にあったといえるが、熟練工に関しては、むしろ供給不足が生じる可能性が

高かったものと考えられる。確立期に入ると、機械の採用によって熟練の壁が崩れて資本にとっての雇用可能な労働者の層は厚くなり、旧中間層の分解による無産者形成も進み、さらには、技術革新による相対的過剰人口形成も可能となって、労働力商品は、一般的には供給過剰となる。ただし、景気循環の発生が示すように、不況期の供給過剰・好況末期の需要過剰という波のなかでの供給過剰である。資本主義の変質期(第1・第2変質期)には、後に述べるような株式会社形態の大企業が、不断の労働節約型技術革新を推進する力能を持った結果、不断に相対的過剰人口形成がおこなわれ、その限りでは、労働力商品

は不断に供給過剰となる。ただし、技術革新が経済成長を加速して労働力商品に対する需要も拡大するから、供給過剰が顕在化するか否かは一義的には断定できない。また、重化学工業化とともに、新たに熟練度の高い労働力の必要性が生じるので、熟練工については供給不足が起こる可能性がある。資本(企業)が、不況期などに一時的に過剰となった熟練労働者を、企業内配置転換などの方策を講じてそのまま雇用を続ける労働力管理政策をとる傾向(内部労働市場の形成)が見られる。

 賃金決定には、このほかに政治的時空間からの作用が及ぶ。ひとつは、労働運動であり、歴史は古いが、一般的には、重化学工業の発達とともに成年男子労働者の層が厚くなり、資本主義批判思想も鮮明な姿を現す第1変質期から、労働組合が団体交渉と争議行為によって賃金決定に明確な作用を及ぼすようになったと見てよかろう。労働運動は、解雇に抵抗する力能も発揮しうる。これは、資本にたいする労働力商品の購買「強制」であり、剰余価値実現に影響すると同時に、労働力の社会的配置にも作用する面を持つ。労働運動にたいして、資本(企業)の側からの対応もおこなわれ、労働組合対策が、争議回避を第

1目標として展開される。政府の抑圧行為を要請するのは初期的対応で、第1変質期からは労働組合との団体交渉を正常なルールとして承認する一方、部分的な高賃金支給による協調的労使関係の形成、いわゆる労働貴族の形成も進められる。第2変質期には、工場委員会制度・労使協議制度などが採用されるが、これは、「労使同権化」による労働者の企業内包摂を必要とするほど、労働運動が組織化され強力になった事態の反映である。あるいは、年功序列型の賃金体系、勤続年数を重視する労働者管理、終身雇用慣行などによって、企業への労働者の帰属意識を高める方策も採られる。

 もうひとつの政治的時空間からの作用の政府の政策である。まず、政府が、労働運動にたいして政策措置(抑圧あるいは容認・保護)をとることを考慮する必要がある。政府は、初期的には抑圧的政策を取るが、第1変質期には抑圧的政策から容認的政策への転換を進め、第2変質期には宥和政策の一環として保護的政策(労働基本権の完全な法的承認)を取ると言えよう。さらに、第2変質期を特徴づける政府の「完全雇用」政策とインフレーション政策の作用が注目される。政府が景気調整政策を中心として、福祉国家の要件のひとつである「完全雇用」の実現を目指すことは、労働力商品を不断に供給不足状態に置くことになるはずである。これは、賃金上昇要因となり、資本蓄積にはマイナスの影響を及ぼす可能性がある。ここで政府のインフレーション政策が効果を発揮する。財政金融政策をインフレーショナリーに展開することで、政府が賃金の実質水準に作用力を及ぼして、資本に利潤を保証できれば、その利潤蓄積が技術革新投資に向かって、相対的過剰人口形成がおこなわれ、ひとまず労働力需給逼迫からの賃金上昇圧力は低下するという筋書きである。

 さて、「失業の恐怖」で労働者が作業場での労働を「強制」されるとしても、資本にとっては、労働者により大きな剰余労働を「強制」することが課題である。労働力商品の使用価値を最大限に効率よく実現する手法が開発される。資本主義の形成期には、労働時間を長くすることによる絶対的剰余価値生産が狙われる傾向が強かったと想定できる。確立期以降も、資本にとっては絶対的剰余価値生産は魅力的であるに違いなく、機械導入が労働時間の延長をもたらしたことは事実であるが、やがて、工場法などの規制や労働運動の圧力が、労働時間の短縮を時代の流れとして、第2変質期には8時間労働制が採用される。労働時間短縮に対応して、第1変質期ころから、規定時間内の労働密度を強化する方策が工夫され、各種の出来高払い賃金・能率給が採用され、テーラーの差別的出来高賃金制にいたる。しかし、第2変質期ころからは、大量生産にともなう労働過程の画一化によって出来高賃金制の効果が薄れて、テーラーの作業時間研究の成果が活用されるようになり、ベルト・コンベイヤーを用いる生産方式の登場と合いまって、資本は、労働強度の管理能力を飛躍的に強化させた。そして、「高能率・高賃金」のスローガンで、総合的能率給が労働者に剰余労働を「強制」することとなる。

  「高賃金」が大衆消費社会の「豊かな」生活を約束する限り、労働は「強制」とは意識されなくなる可能性がある。あるいは、労働が「強制」されたものであることを労働者の意識から消去する方策も工夫され、作業場環境の「美化」、提案制度、QC運動、社内PR、昇進制度などなど、いわば雑多な意識操作手法が、労働者の「企業内存在」意識を養い、労働を「自ら選んだもの」と錯覚させることに、かなりの成功を納めるケース( 日本の「会社主義」) も現れる。蛇足ながら付言しておくと、現代の労働者が労働を主観的には「強制」と意識しなくても、資本制社会の欲望昂進操作によって創り出された欲望を充足させるために行う労働を、「自ら選んだ」労働とは言い難い。主体的に選んだのではないモノを獲得するために、いかに労働を「強制」されているかは、すこし落ち着いて自らの欲望の中身を吟味してみれば分かるはずである。

  さて、第2位相に関わる次の問題は、資本家(企業)間での剰余価値配分の仕組みの変化である。ここでは、資本家(企業)のあり方の変化とそれにともなって生じる配分関係の変化が検討対象となる。資本家(企業)という言葉は、歴史的実体を表現してはいるが、厳密な内容が規定されているわけではない。資本家は、資金所有主体・企業経営主体を人の面から見た用語であり、企業はそれを組織体の面から見た用語と言えるが、いずれにせよその存在理由は、利潤獲得であり、如何に利潤を獲得するかが問題である。利潤獲得つまりは資金が資本たり得る方法は、商品売買・商品生産・貨幣貸付の3種であり、現実の資本家(企業)は、この3方法の一つ、あるいは二つ、あるいは三つによって利潤を獲得しているわけである。そこで、現実の資本家(企業)から、その利潤獲得方法を基準に、商人資本・産業資本・利子生み資本の3形式を抽出することができる。以下では、適宜、この3資本形式を用語として使用するが、それは、たとえば、商人資本とは、商人資本形式を主たる利潤獲得方法としている資本家(企業)という意味においてである。

 資本主義形成期には、産業資本は、典型的にはマニュファクチュアとして生成してはいたが、なお、商人資本による生産者からの余剰取得が資本蓄積の主軸であり、単一の資金所有者が経営を統括する個人企業の形態が一般的であった。市場の不統一(価格体系に差異がある市場圏の並立)や運輸通信手段の発達度の低さによる市場へのアクセス機会の不均等のために、競争関係が利潤率を均等化する力はまだ弱く、初期的独占が形成される場合もあり得た。確立期には、産業資本が資本蓄積の主軸となるが、企業形態としては個人企業あるいは少数の出資者による共同経営の合名会社が一般的であり、資本規模も比較的小規模であった。統一的市場の形成、運輸通信手段の整備が進み、自由な企業間競争が自由な資本移動によって利潤率を均等化する作用が強化された。

 第1変質期には、重化学工業化に対応して、必要資本量は増大し、その調達のために株式会社形態が広汎に採用され、大企業 big business の時代に入る。株式会社は、資金の集中を容易にするばかりでなく、合名会社などと比べて企業の吸収・合併に便利な企業形態であり、さらに、トラスト( トラスト会社を軸とする初期形態の) やコンツェルンの形成、シンジケートによるカルテル強化にも効果的に機能する。株式会社を活用した資本の集中と独占組織の形成は、いわゆる独占利潤の取得を可能にして、資本間の剰余価値配分の仕組みを変化させる。供給価格の直接操作や供給量操作による供給価格の間接操作で生産価格を上回る販売価格が形成されたり、技術革新や量産効果による生産費縮減で特別剰余価値が形成されても、参入障壁によって資本の流入が妨げられる結果、その販売価格や特別剰余価値の固定化が可能となって、利潤率の不均等が発生し、それが独占利潤と呼ばれるわけである。生産価格を上回る販売価格の設定( 生産性が変化しない場合の、単なる価格引上げ) は、他の資本からの利潤の移転を強制することになるし( 労働者にとっては実質賃金は無変化と仮定した場合) 、生産性上昇による特別剰余価値が、ある期間、特定の資本によって排他的に取得され続けることは、生産性上昇効果の波及によって生じうる

相対的剰余価値の取得機会を他の資本から奪うことになるという意味で、資本間の剰余価値配分関係を変化させるのである。 株式会社形態の大企業の存在は、短期的な資本間の利潤率の不均等を生起させるばかりでなく、長期的なそれも発生させる可能性がある。巨大株式会社は、研究開発投資によって得た新技術を資金集中力を動員して企業化し、特別剰余価値を生産する機会に恵まれているし、経営資源( 資金・労働力・技術) を計画的に( カルテルなどによる他企業との連携を含んで) 事業分野と事業時期に配分することによって景気変動にたいしての強い対応力を持つ。つまり、企業成長力と企業安定性が潜在的には高いと考えられるのである( 潜在的という表現は、それが顕在化するには、経営者能力・経営組織のあり方が条件となることを含意している) 。

 このような資本( 企業) 間の利潤率の不均等は、そのまま資本家( 出資者) 間の利潤配分の不均等を導くわけではない。株式会社の資本が外部的には株式というかたちで擬制資本化しているために、株式にたいする利益配当を評価基準とした株価による株式売買が、この不均等を資本家( 出資者) 間で均等化することをある程度まで可能にしている。また利子率を介しての分配の均等化もおこなわれる。資本家( 所有者) が「再生産」される仕組みは、確立期にくらべて、一層、社会的に組織化されてきたわけである。

 巨大株式会社は、工業会社ばかりではなく金融会社や商業会社にも見られ、資金・商品・役員・情報などの相互交流関係は、複雑なネット・ワーク(事業会社・銀行関係、企業集団など)を形成し、短期長期の利潤形成を促進する。工業会社であっても、商人資本あるいは利子生み資本の形式での利潤獲得機会を求める。株式会社形態の大企業が獲得する利潤は、本源的利潤(平均利潤率による利潤)に加えて、独占利潤・投機利益・貸付利子・創業者利得など多種であり、このような資金の資本化のあり方を金融資本と呼ぶことも出来よう。第1変質期は、金融資本の時代の始まりであり、その時代は第2変質期にも続いて、現代のマネー・ゲーム、M&A、不動産投機などの盛行にいたるわけである。

 巨大株式会社について、もうひとつ注目すべき点は、いわゆる所有と経営の分離である。確立期までは、同一人物が企業の所有者であり経営者である状態が一般的であったが、株式会社では、株式所有者と企業経営者が分離する可能性が生じる。高配当を期待するが企業経営には参加しない投資家型株主の登場が、一部の大株主による企業支配を可能にして、企業集中を促進することは第1変質期以降の特徴であった。株式会社の巨大化が進むと、株主層は、経営を専門的企業経営者にまかせて、配当取得(そして高配当につながるような経営首脳選任)にのみ関心を持つという事態も生起する。おおむね、第2変質期を特徴づける現象である。これは、利潤追求という動機が、資本家の<ひと>的側面から切り離されて、いわば純粋化・自立化することを意味している。つまり、<ひと>であるがために経済以外の時空間から生じる価値によって行動を動機づけられる可能性があった資本家の、いわば恣意性から、資本が自由になるわけである。経営から手を引いた株主層が個人である場合には、まだ<ひと>の影響力は残るかもしれないが、他の企業(法人)が株主層を構成するようになれば、資本は完全に<ひと>から自立して、利潤追求主体そのものとなる。この資本の「利潤追求意思」をチェックする存在は企業経営者であるが、彼らのオプションは、利益率・マーケットシェア・安定性などわずかなものでしかない。環境や文化の観点からの社会的評価を、企業経営者が行動基準に取り入れる動きはあるものの、それが資本の「意思」にどれほど逆らえるものか大いに疑問である。

 資本間の剰余価値配分の仕組みに関係する政府の政策としては、企業形態法(広くは商法)・金融法・取引所法そして独占規制法などのあり方が問題となるが、ここでは論及を省略しておこう。

 第3位相に関わる分節化の視点は、産業構造と需要構造である。形成期資本主義の舞台は、農業と手工業段階の諸工業であり、農業生産力の上昇といわゆるプロト工業化の進行が、産業革命への道を準備する。産業革命は、人口増加と経済活動の拡大が、エネルギー供給源であった森林資源の枯渇を招き、代替エネルギーを石炭に求めたところに<超状況場>的起源を持っている。人類史上の第1回目のエネルギー危機は、エネルギー投入量よりもエネルギー産出量がはるかに大きい石炭採掘事業の成功によってひとまず切り抜けられ、化石エネルギーに頼る機械体系の生産への導入が資本主義を確立期に導いた。まず繊

維工業を主軸とする軽工業が工業化を推進した。やがて重化学工業の発達が第1変質期への推展を促し、石炭・鉄鋼・造船を主軸とした工業構造が資本蓄積の基盤となる。重化学工業化はなおも進行し、第2変質期には、電力・電機・自動車が主軸に加わり、鉄鋼も重鋼厚板から軽鋼薄板に主要製品が転換し、石炭から石油へとエネルギーの主力も変化する。

第2次大戦を境に重化学工業が新たな展開をしめすことは周知のとおりであり、第2回目のエネルギー危機を切り抜ける見通しが立たないままに、さらなる工業化路線を走っているのが現状というところである。

 産業構造を経済的<中状況場>分節化のひとつの視点とすることは、それが生産諸力の発展状況をモノの面から示す指標であるからにほかならない。資本主義時代の生産諸力は、基本的には、利潤獲得を目指す資本家(企業)の行動の所産である。生産諸力は、資本家(企業)の行動と深く関係する自然科学的技術の発達と、それを産業技術として企業化する資本家(企業)の行動(これには、経営者能力・経営組織・労働者能力のあり方が関わる)、そして結果としてつくり出される社会的分業関係の総和としてあらわれる。すでに検討したように、資本によって生み出された生産諸力は、反作用的に資本のあり方を規定し、また、労働者のあり方も規定する。

 産業構造に関しては、政府の政策が大きく影響を及ぼす。近代の開幕から現代にいたるまで、兵器生産は、政府の重大関心事であり、軍備政策のあり方がまず大きな産業構造の規定要因となる。形成期・確立期には、いわゆる幼稚産業にたいする保護政策が、第1変質期からは独占保護関税や農業・小商工業保護政策などが、そして第2変質期には生産力保証政策(産業政策)44) が、労働の社会的配分状態に影響をあたえる。

 ところで、産業構造の裏側には、当然、産業の生産物(モノ)にたいする需要の特定のあり方=需要構造がある。従来の経済学は、どちらかというと、需要構造から産業構造を見るよりも、産業構造を前提にして需要構造を見るという姿勢、つまり、供給が需要をつくり出すというテーゼに立っている感じが強い。供給が先か需要が先かという、ニワトリと卵の先後論争めいた問題を出そうというわけではないが、前にもふれたように、欲望そして需要については、かなり慎重に検討する必要がある。たとえば、綿工業が産業革命の主要な舞台のひとつとなった事実にしても、インド綿布の輸入によって触発された綿布にたいするイギリス国内需要の急拡大という要因を抜きには説明できない。あるいは、汽車にしても、汽車が発明(供給)されたから人々は汽車に乗りたくなる(需要が生じる)のは確かであるが、汽車発明の前に、石炭へのエネルギー転換が、石炭採掘・輸送のための役畜(馬)需要を拡大させ、馬を養うための飼料生産が耕地供給制約にぶつかって飼料価格が上昇し、馬による輸送サービスのコストが騰貴するという事態45) が展開していたことを考慮する必要があろう。

 需要の分析には、需要関数・家計行動理論・企業行動理論・消費関数から商品需要予測テクニックにいたる各種のアプローチの仕方があるが、需要構造の分析に関しては、産業連関分析・家計消費分析・国民経済計算の総需要(総支出)分析のほかにはあまり援用できる方法がない。産業連関分析は、原料から最終製品までの生産過程におけるインプット・アウトプットの技術的連関を明確にしてはくれるが、最終消費財の構成=社会的欲望の体系が、なぜそのような姿を取るのか、あるいは、その構成=体系が変化する場合の要因は何であるのかという問いには答えてくれない。国民経済計算も、同様に、需要の実態分析には役立つが、変動要因の説明はしてくれない。また、家計消費分析は、消費の実態の解明と消費構造の比較的短期間の変化の要因分析には見るべき成果をあげているが、長期にわたる消費構造変化を説明する方法はまだ開発していないようである。頼るべき方法がないので、はなはだ心許ないが、筆者が気にしている論点だけを述べてみよう。

 生産財・中間財の需要に関しては、ひとまず産業連関分析にまかせるとして、問題にしたいのは最終消費財の需要構造である(ここで最終消費財というのは厳密な用語ではなく、<ひと>が社会で生活を維持するのに必要な一切のモノを指すことにする。したがって、衣食住関連はもちろんのこと、防衛・治安・交通・通信・教育・医療その他もろもろに関連するモノを含む)。最終消費財(とくに私的消費財)にたいする需要の社会的構成=需要構造を規定するのは、消費慣習と所得水準、そして消費財価格である。このうち、所得水準と価格が需要に及ぼす影響については、需要関数の問題としてある程度処理できそうなので、ここでは、消費慣習に注目したい。

 ある社会(ここでは資本制社会の内のある地域)のある時期を見ると、ひとびとが各種の消費財について、それらが「必要」なモノであると評価したり、その「必要」さの程度について序列(選好順序)をつけたりしていることが分かるはずである。この評価・序列は、細かく見れば、個人の価値意識(世界観、ライフスタイルなど)に応じて個人ごとに異なるであろうが、おおまかには、個人がその社会のどのような階層に位置づけられているかによってほぼ類型化できると考えてよかろう。ここでいう社会の階層は、さしあたり、資本家・地主・労働者・中間層という階級でもいいし、職業・職階別の階層でも、所得・資産別の階層でも良いとしておこう。この社会階層ごとのモノにたいする評価・序列を、消費慣習と呼んでおこう。P.ブルデューの <habitus>概念46) の援用である。モノにたいする評価・序列が何によって決定されるかについては、前に有用性・使用価値に関して言及したように、経済的時空間ばかりでなく政治的・社会的・文化的諸時空間の作用を考えなければならないが、ここでは、評価・序列は諸時空間のなかで何らかのかたちで決定されるということだけを前提としておこう。

 さて、社会の需要構造を変化させる要因を考えてみよう。まず、社会階層別の消費慣習が不変と仮定した場合、ある社会階層からほかの社会階層への構成員の移動が起これば全体の需要構造は変化する。工業化とともに農業から工業への人口移動が生じたり、農村から都市への移動が生じるケース、あるいは、第1次世界大戦後に日本やアメリカでみられたような、ウインドフォール・プロフィットがタイム・ラグを伴いながら広範な人々の所得増加をもたらすようなケース、あるいは社会保障制度によって極貧層から下層への移行が生じるケースなどがこれにあたる。

 つぎに社会階層別の消費慣習が変化すれば、社会全体の需要構造が変化する。ある消費財の評価・序列が変化してある階層の消費慣習が変化する場合がある。たとえば、「ぶらさがり」と呼ばれて低く評価されていた既成服が、上層にも受け入れられるようになるとか、絹の代用品と見られた人絹がレーヨンとして評価が高くなるようなケースがこれである。また、ある消費財の価格が変化して、階層別の消費慣習が変わる場合もある。乗用車の価格低下が中層以下の自家用車使用を普通にするケースが典型的である。

 また、新しい消費財が登場して、社会全体の消費慣習が変化する場合もある。薪にかわる石炭、馬車にかわる自動車、たらいにかわる洗濯機、あるいは、これまでに使用されていたものの代替品ではないモノ、電話、ラジオ、テレビ、コンピュータなどが消費慣習を変える。ある社会にとっては新しい消費財が外部から挿入される場合もある。イギリス社会への木綿の登場、幕末日本への西洋文物「舶来品」(特に機械製綿糸布・毛織物・機械製精糖・白灯油、汽車・汽船サービス、そして「黒船」に象徴される特殊消費財としての兵器)の到来などの例である。日本の場合、「舶来品」は直ちに社会的需要構造に大変化を与えたが、個人消費のレベルでの消費慣習に「西洋化」が定着してくるのは、衣料としての洋服、食品としての畜肉・パン・洋菓子、住宅としてのコンクリート製アパートを考えると、それは、第1次大戦後から昭和戦前期のあたりであろう。日本についての経済的<小状況場>を検討する際には、この1920年代前後の消費慣習の変化を、日本の第2変質期のメルクマールのひとつに数えるべきであると筆者は考えている。

 あるいは、社会の階層そのものが変化する場合も考えられる。形成期には、封建的社会階層の近代的それへの組替えがさまざまな形で進んだし、いわゆるホワイトカラー層など新中間層の肥大化は第2変質期の特徴とされている。日本の戦後改革のなかでは、財閥解体・財産税・華族制度廃止などで明治以来の「上流階級」が、農地改革で地主層と小作層が、そして「軍人」が、それぞれ消滅して社会階層が激変した。

 また、社会階層別の消費慣習の差異が縮小・消滅する場合もある。第2次大戦後の日本では、戦前にみられたような、分(分際)に応じた生き方という階層差異は、ほとんど消失したようである。戦後の社会階層構成変化の結果であろうが、なお、職業・職階別階層、資産・所得別階層は再編されているのであるから、この現象はかなり日本的なのではなかろうか。階層別消費慣習が、なおも色濃いヨーロッパ社会と比べると、日本の現代社会は、まさに大衆社会化したといえよう。このような差異が生じる要因は明確でないが、日本が階層間の移動(社会的流動性)の大きい社会であること、日本の消費者が新奇なモノを好む性向をもっていることは確かである。なぜそうなのかは、答を出すのがなかなか難しい問題である。

 さて、<中状況場>分節化のさいに注目すべきは、上述のような要因で生起する社会の需要構造の変化が、かなり大きな節目を持つ場合である。ひとつの節目が産業革命期であることは明確であろう。石炭と木綿がイギリスの全社会階層に受容されていく過程は、川勝平太氏の言われる「文化・物産複合」47) が、大きく変化する過程と見てもよかろう。

  つぎの節目は、第2変質期に生じたのではなかろうか。電力と石油の使用を軸に、家庭用電気器具と乗用車に代表される耐久消費財が、消費慣習を大きく変化させた。われわれに馴染み深い需要構造であるが、注目すべきは、この変化が、ただ魅力的な新消費財が発明・供給されたという事実によってのみ生じたのではないという点である。まず、R.ボワイエらが鋭く指摘したフォーディズム Fordism、「内包的蓄積」の観点が重要である。高能率= 高賃金を行為基準とした大量生産方式が、高能率による生産コスト引下げ= 製品価格低下と高賃金による所得引上げ= 購買力拡大とを結合させて市場を創出し、大量販売=大量生産によるさらなる製品コスト引下げで市場を拡大させるという好循環をつくり出すなかで、需要構造= 産業構造の転換が進んだ。R.ボワイエは、戦間期にはフォーディズムの要素のひとつであるテーラー・システムによる労働編成が生産性を上昇させる側面つまり高能率の側面がまず現れ、第2次大戦後にそれが高賃金の側面と結合して「大量消費をともなう内包的蓄積」の時代が出現すると見ているようである。たしかに、フォーディズムが全面的に展開するのは第2次大戦後と見てよいであろうが、その出発点を第1次大戦前後に求めることは誤りではなかろう。

 フォオーディズムとともに注目すべき点は、マス・メディアとマーケティング手法の発達に支えられながら、資本による消費者需要=欲望の体系の操作可能性が飛躍的に増大したことである。フォードT型が製品性能を強調するいわば古典的な宣伝手法によって市場を獲得した時期から、GMの各車が「差異」を強調する現代的宣伝手法でT型を陳腐化さ

せるまでにさほど時間はかからなかったのである。いらい、製品差別化は、「差異」化あるいは「記号的消費」を求める消費者を創り出し・駆り立てて、需要構造を「過剰」に微細変化させ続けていると言えよう。

 需要構造に影響を及ぼす政府の政策としては、前に触れたような、社会保障政策が大きい。累進税率による所得課税、社会保険の保険金・生活補助金などの給付、農産物価格支持政策などの広義の所得再配分政策は、所得水準に変化をあたえる。輸入関税などによる外国製品の輸入規制は、自国産業の保護政策である場合が多いが、効果としては、需要構造に影響を持つし、奢侈品にたいする高率関税や麻薬・風俗関係の禁制品設定は、消費慣習規制と言える。アメリカの禁酒法、日本の戦時消費規制などは、特殊な例ではあるが、政府が既存の消費慣習を強権的に変更できることを示している。あるいは、土地税制や土地利用規制のあり方が、住宅需要に影響したり、建築物に関する規制が住居の形態に影響したりする場合も考えられる。宗教との結合関係が強い政府が、宗教的戒律を強制することによって消費慣習を固定化させる役割を果たすこともよく知られている。 また、公共的消費財は、政府がその直接的供給者であったり、政府の財政金融政策との関係が強いから、政府の政策が、その需要に対する最大の規定要因となる。安全(防衛・治安・消防)・交通・通信・教育・医療・衛生・上下水道などに関連するサービスは、私的企業がそれを供給する場合であっても、政府政策との関連が強い場合が多い。文化・スポーツに関連するサービスでも政府が供給者となったり、助成政策で影響を及ぼしたりする。公共的消費財は私的消費財とともに最終消費財を構成する要素であるから、政府が、ある社会の需要構造に及ぼす作用は、かなり大きいと言って良かろう。

 この第3位相に関わる問題としては、再生産を調整する市場の貨幣金融的側面の検討が残る。貨幣の役割の変化に関しては、制度として、資本主義確立期の金本位制から第2変質期の管理通貨制への移行の意義に注目すべきであるし、金融制度に関しては、銀行の商業金融機能と産業金融機能の段階的変化が検討に値すると思われるが、筆者の能力を超える問題なので、ここでは保留にしておきたい。

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 以上3つの位相との関連で、資本制社会の経済的<中状況場>の分節化を試みた。形成期・確立期・第1変質期・第2変質期の4区分は、重商主義・自由主義・帝国主義・現代資本主義(国家独占資本主義)の4区分とほぼ重なる。ただし、宇野起源の段階論が、各段階の基軸国・典型国の摘出とその分析によって支配的資本と資本蓄積様式の段階ごとの特質を明らかにするという方法を取り、各国に共通して現れる特質を「重ね焼き」式に抽象する方法を「個々の特質を機械的に切り離してしまう結果を生む」、典型国の「型の差という問題」が無視される48) という理由から否定しているのに対して、筆者は、ここでは「重ね焼き」法を取っている。<ひと>の生きる時空間を4つの<場>に分節化し、そのなかで経済的行為がおこなわれる経済的時空間を4つの<状況場>として分節化し、<大状況場>分節化の3位相から<中状況場>の分節化を試みるという分析手順の立て方自体が、「重ね焼き」法を選ばせるわけである。また、国・地域別の特質は<小状況場>の問題であり、<中状況場>分節化では、資本主義世界をひとつの変化する関係体として想定しているので、「型の差」については配慮していない(一般的に国と国との競争関係があることは想定している)。つまり、宇野経済学の段階論と筆者の<中状況場>分節化とは、似てはいるが、異なった分析体系に位置付けられていると言わざるを得ない。

 宇野経済学は、原理論・段階論・現状分析論の3つの分析理論階層を持っている。この小論は、<超状況場><大状況場><中状況場><小状況場>の4つの分析対象階層を想定している。小論の<大状況場>以下3つは、宇野経済学の原理論以下3つに対応しているように見えるが、分析体系としては異なっている。<超状況場>設定の有無はここでの問題点ではない。時間と空間の設定の仕方が異なっているのである。宇野経済学では、原理論ではほぼ時間はゼロあるいは無時間と想定され、段階論で支配的資本・資本蓄積様式の推移という時間性が想定され、現状分析論で各国経済の歴史的発展過程という歴史時間

が全面的に想定されるという具合に、分析理論階層ごとの時間設定が行われている。空間に関しても同様であり、原理論では、純粋資本主義の前提で示されるように経済的空間がほば完全に自立したものとして想定され、段階論で、指導国・典型国という国概念と政府政策概念が導入されて政治的空間も想定されるようになり、現状分析論で、各国の社会・文化の経済に及ぼす影響など社会的・文化的空間を含む全ての人間的行為空間が想定されるという空間設定になっている。

 これにたいして、小論では、<場>あるいは<状況場>は常にそれぞれの時間を持つと想定しているし、4つの行為空間は、前掲した拙稿「経済政策史の可能性」で述べたように、それぞれ独自の動機に基づく人間行為がおこなわれ、独自の「社会的価値」意識を生み出す空間として、ひとまずは、ひとつひとつを分けて分析できると想定している。もちろん、各時空は、<いま><ここ>に生きる<ひと>にとってはそもそもひとつの時空であるから、各時空についての分析は、最後にはひとつの人間認識に統合できると期待してのことである。時間と空間の設定がこのように異なっているので、資本主義の<中状況場

>分節化では、宇野起源段階論の用語とは異なった、少々奇妙な区分用語をあえて用いた次第である。

 ところで、この、<中状況場>の段階移行の要因分析に関しては、基本的には、前に<大状況場>の移行について述べたことを繰り返すしかない。つまり、必然・偶然問題、生産諸力論、そして経済的時空以外の時空の作用論を処理してからでないと、段階移行を充分に説明することは出来ないのであり、現在の筆者にはまだその作業をおこなう準備がないというわけである。とはいえ、資本主義の<中状況場>の分節化作業のなかで、<大状況場>の場合よりも、多少は移行要因分析の問題を具体化出来たように思われる。ひとつは、生産諸力論に関わることで、産業構造に現れる生産諸力のあり方の変化が、資本と労

働力の関係を変化させるという筋道を確認したこと、そして、生産諸力は、需要構造の変化に触発されて変化する場合があることを確認したことである。もうひとつは、経済以外の時空の作用論に関わることで、特に第2変質期への移行の際には、政府の政策のあり方が移行の要因として作用することを確認できたことである。これらの知見をふまえながら段階移行分析ができれば、歴史時間論はかなり満足すべき水準に到達するはずで、これは今後の課題として残しておきたい。

 そろそろ小論での作業は終了したようである。資本主義の<中状況場>分節化については、叙述の方法を、<大状況場>の3位相に引きつけるかたちでおこなったために、各期ごとの総合的イメージが不明確になった感じが否めない。このままでは諸要因の断片的な列挙としか読者諸氏に読み取っていただけないおそれもあるので、各期ごとに諸要因を連関ずける方向での叙述の再整理を試みたくなったが、別の機会に譲ることにしよう。断片的列挙と読み取れそうな箇所、とくに第2変質期の政府政策については、筆者の現代資本主義(国家独占資本主義)の政策体系論49) を参照していただければ、断片的でないことをご了解いただけると思う。

 最後に、歴史時間軸における現代の位置について私見を述べておこう。マルクス経済学では、現代を、筆者のいう<大状況場>の移行期、つまり、資本主義から社会主義への移行期と位置づける見方が普通であり、その見方が、社会主義社会の市場経済化という歴史的逆転現象を眼前にしていささか当惑し混乱している様子である。近代経済学では、筆者の<小状況場>における変化(GNP 、景気、地域統合などなど) の軸に位置づける見方が多く、現代の「マクロ」な位置づけは不得意のように見受けられる。

 加藤榮一氏は、近時、宇野段階論を基礎としながら、これまでの資本主義の発展過程を前期資本主義と中期資本主義の2期に区分する見方を提起された50) 。筆者の<中状況場>分節化でも、形成期は確立期の前段階であり、第1変質期は第2変質期と連続していると見れば、資本主義は、確立にいたるまでの時期と変質期の2期に区分できると言えるから、加藤氏の見方には同感できる。また、加藤氏は、経済的事象ばかりでなく、統治機構・国家・社会理念など政治・社会・文化的空間の事象も、時期区分のメルクマールに導入しておられ、筆者の問題関心と通底するところがあって共感するところ大きい。ただ、加藤氏が、現代を、後期資本主義と呼ばれるであろう時期への転換期と位置づけられるところには異議を唱えておきたい。異議と言っても、加藤氏の理論に内在化した立場からのではなく、いわば超越的な異議申し立てである。

 後期資本主義への転換期という位置づけは、ひとまずは、筆者の<中状況場>レベルでの段階移行に注目しての認識であり、その限りでは、たしかに、現在は資本主義のさらなる変質の時期に入っているのかもしれない。しかし、この変質を、<中状況場>移行の問題とのみ把握して良いかどうかには検討の余地があるのではなかろう。つまり、<状況場

>のレベルから言えば、<大状況場>の移行期に入っていると見ることはできないであろうか。資本主義から社会主義へという古びた移行論を持ち出そうというわけではない。現在起こりつつある諸変化のなかに、<超状況場>の変化=移行を観察できるからには、<中状況場>変化くらいでは済まない規模の転換期に、現代の人類は立たされていると見るのである。

 情報革命と呼ばれる技術革新が、農業革命・産業革命につづく人類史の大転換、たとえば「第3の波」51) をもたらすか否かを判断する能力は筆者にはないが、現代が、コンピュータによる情報処理能力の飛躍的な上昇を軸として自然科学的技術の新しい発達段階に入っていることは理解できる。生産諸力は、まさに上昇した。ところが、上昇した結果として、資源(とくにエネルギー資源)枯渇と環境破壊という<超状況場>の変化を引き起こした。技術の新たな段階が、この<超状況場>変化に対応するだけの生産諸力上昇を実現させる可能性は、皆無とは言えないまでも極めて乏しいと言うのが現状ではなかろうか。かつて、森林資源枯渇という<超状況場>変化を、石炭の利用で切り抜けたように、化石エネルギー資源枯渇を切り抜ける方策は、現段階の自然科学に求めることは出来そうにない。もっとも天然ガス・未利用石炭・未利用石油類(オイルサンド、オイルシェール)まで含めると化石エネルギー資源の枯渇にはまだかなりの時間があると言えるから、切迫しているのは環境破壊の問題の方かもしれない。ともあれ、現代は人類史の危機の時代である。

 この<超状況場>変化に対応して人類史の未来を保証するような変化が、<中状況場>の変化、つまり資本主義の変質で止まりうるのかははなはだ疑問である。ほかの経済的構成と比べると飛び抜けた高度成長体質を持っている資本主義は、いまや、生産諸力の発達段階との不整合をしめす時期を迎えたのではないか。唯物史観は、生産諸力の発達にとって生産関係が桎梏となった時に、生産関係が次の段階に移行するとの仮説を提起している。しかし、この場合は逆である。現代は、生産関係が、生産諸力を過剰なまでに発達させ、なおもその発達を促進しつづけるが故に、桎梏となるのである。つまり、人類存続の基礎たる<超状況場>の維持にとって生産関係が桎梏となるのである。

 生産諸力のさらなる発達を待たなければ現代の生産関係は変化しないとしたら、それはまさしく「悲しき唯物史観」(馬場宏二氏)である。やはり、唯物史観の悲しさが身に染みる前に、なすべきことはあろう。<大状況場>の推移を期待するには、新し社会の経済的構成を構想しなければならない。そのために、現代の諸科学・諸分野の間に知的交通橋を架橋しようというのが、小論の問題提起である。小論では、「時空」概念を手掛かりに、ささやかな作業を試みて、経済史という専門領域のなかからの架橋可能性を検討したことになる。                    (1992 年10月12日  稿)

 

                   注

 1) 三和良一「経済政策史の可能性」、『経済政策と産業』−年報・近代日本研究−13、1991年、山川出版社。

 2)石毛直道「うま味の文化」、『味をたがやす−味の素八十年史−』、1990年、味の素株式会社。

 3) J.ボードリヤール( 今村仁司・塚原史訳) 『消費社会の神話と構造』、1979年、紀伊国屋書店。( Jean Baudrillard, La Societe de Consommation: ses mythes, ses structures, 1970,Gallimard.)

 4) ここで用いる欲望という言葉は、厳密に規定されたものではない。動物の行動を動機付ける< 欲求 besoin > と人間行為を動機付ける< 欲望 d sir> とを区分する丸山圭三郎氏の用語法(『文化のフェティシズム』、1984年、勁草書房) に近いイメージで使用しておく。欲望の根源にある<衝動  >の存在根拠、その欲望としての形成過程の分析を含めて、欲望を立ち入って分析することは、極めて重要な課題と考えている。

 5) マルクスが、「資本論」の冒頭で、「商品はさしあたり、その諸属性によって人間の何らかの種類の欲望を充たすところの、一の外的対象・一の物・である。これらの欲望の本性は、それが例えば胃の腑から生じようと、幻想から生じようと、何ら事態を変化させない」(長谷部訳、113 頁) と述べていることが、経済学の「商品」抽出方法を良く示している。

 6) 「過剰富裕化」とその問題性を鋭く指摘したのは、馬場宏二氏である。馬場宏二『富裕化と金融資本  』、1986年、ミネルヴァ書房。

 7) 吉沢英成『貨幣と象徴』、1981年、日本経済新聞社。高橋洋児『物神性の解読』、1981年、勁草書房。佐伯啓思『市場社会の経済学』、1991年、サイエンス社。渡植彦太郎『経済合理主義と生活文化』、1991年、勁草出版サービスセンター。

 8) N.ジョージェスク=レーゲン( 小出厚之助・室田武・鹿島信吾  編訳) 『経済学の神話』、1981年、東洋経済新報社。(Nicholas Georgescu-Roegen, Economics of Natural Resources− Myths and Facts, 1981, original papers are published during 1975

   -1980.) 玉野井芳郎『エコノミーとエコロジー』、1978年、みすず書房。 同『生命系のエコノミー』、1982年、新評論。

 9) S.ホーキング「虚時間」、『ホーキングの最新宇宙論』( 佐藤勝彦監訳) 、1990年、日本放送協会。(Stephen W. Hawking, Imaginary Time, 1989 revised in 1990.)   

10) J.アタリ( 蔵持不三也訳) 『時間の歴史』、1986年、原書房。(Jacques Attali, Histoires du tempus, 1982/83, Fayard.)  日本人の時間意識については、角山栄『時計の社会史』( 1984年、中央公論社) が興味深い。

11) E.プリチャード( 向井元子訳) 『ヌアー族』、 1978年、岩波書店。( Evans- Pritchard, Les Nuer, 1968, Gallimard.)

12) 馬場宏二「刹那型思考の蔓延−ひとつの現代資本主義論−」( 『社会科学研究』第42巻  第2 号、1990年9 月) 、105 頁。

13) 成沢 光「近代日本の社会秩序」、東京大学社会科学研究所『現代日本社会 4歴史的前提』、1991年、東京大学出版会。

14) 馬場宏二、前掲「刹那型思考の蔓延−ひとつの現代資本主義論−」

15) 佐伯啓思『時間の身振り学』( 1987年、筑摩書房) 、63頁。         

16) 塩沢由典『市場の秩序学』(1990年、筑摩書房) 、222 頁。

17) 山口重克『経済原論講義』(1985 年、東京大学出版会) 、140 頁。

18) 山口重克「段階論の理論的必然性」( 山口重克編『市場システムの理論』、1992年、御茶の水書房) 、15頁。

19) 福島 章『ヒトは狩人だった』、1991年、青土社。

20) 日本経済新聞( 1992年9 月19日朝刊、12面) の記事による。

21) R.ドーキンス(日高敏隆・岸由二・羽田節子訳)『生物=生存機械論』、1980年、紀伊国屋書店。( Richard Dawkins, The Selfish Gene, 1976, Oxford University Press.)

22) J.E.ラヴロック( スワミ・プレム・プラブッダ訳) 『地球生命圏』、1984年、工作舎(Jim E. Lovelock, GAIA: A NEW LOOK AT LIFE ON EARTH, 1979, Oxford University Press.)

23) 栗本慎一郎『幻想としての文明』、1990年、講談社。

24) S.ホーキング、前掲書、140 頁。

25) J.ユクスキュル( 日高敏隆・野田保之訳) 『生物から見た世界』、1973年、思索社。(Jakob von Uexküll/ G. Kriszat, Streifzüge durch die Umwelt von Tieren und Menschen, in J. von Uexküll, Bedeutungslehre.)

26) 丸山圭三郎、前掲書、73-4頁。丸山氏は「コトバ」を狭義の言語に限定せず、「シンボル化能力とその活動」と捉えておられる。筆者の「言語」概念は確定できていないが、ひとまずここでは狭義の言語( 話しことば・書きことば) の意味で使用しておく。

27) 山田富秋・好井裕明『排除と差別のエスノメソドロジー』、1991年、新曜社。

28) W.オング( 桜井直文・林正寛・糟谷啓介訳) 『声の文化と文字の文化』、1991年、藤原書店。(Walter J. Ong, Orality and Literacy, 1982, Methuen.)

29) I.イリッチ( 桜井直文監訳) 『生きる思想』( 1991年、藤原書店) 、I -1「レイ・リテラシー」、「コンピューター・リテラシーとサイバネティックスの夢」。原論文は、Ivan Illich, A Plea for Research on Lay Literacy, Interchange,Vol.18,Nos 1/2,1986.  same, Computer Literacy and the Cybernetic Dream, Bulletins of Science,Technology and Society at The Pennsylvania State University , Vol.7, 1987.

30) ヒト登場とは、あいまいな言い方である。<心的個>の<第2場>で「言語」を重視したが、ここでは、経済的行為を「言語」使用と結び付けているわけではない。両性間の分業と協業が始原的な経済的行為と思われる。これは、家族形成を念頭にしているが、ヒト科の形成を家族形成で説明する仮説(たとえば河合雅雄『人間の由来』〔下〕1992年、小学館) を取れば、経済的行為はヒト科登場とともに古いということになる.

31) K.マルクス『経済学批判』(1859 年刊) 「序言」の ökonomische Gesselschaft-  formation ( 邦訳、岩波文庫版、14頁) 。

32) 槌田敦『石油と原子力に未来はあるか−資源物理の考えかた』( 1978年、亜紀書房)室田武『エネルギーとエントロピーの経済学』( 1979年、東洋経済新報社) 、玉野井芳 郎前掲書などが先駆的業績である。

33) K.ポランニー( 玉野井芳郎・平野健一郎編訳) 『経済の文明史』(1975 年、日本経済 新聞社) 、特に第2章「時代遅れの市場志向」。原論文は、 Karl Polanyi, Our Obso-lete Market Mentality, Commentary, Vol.3, 1947.             

34) K.マルクス『資本制生産に先行する諸形態』。マルクスとウエーバーの業績の上に、独自の共同体論を展開されたのは大塚久雄氏である。大塚久雄『共同体の基礎理論』、1955年、岩波書店。

35) M.ウエーバー( 世良晃志郎訳) 『支配の諸類型』、1970年、創文社。( Max Weber, Wirtschaft und Gesellschaft, Grundriss der verstehenden Soziologie, vierte, 1956, erster Teil, Kapitel III, IV ) 

36) 宇野弘蔵『経済学方法論』( 1962年、東京大学出版会 )、4-5 頁。

37) W.ゾンバルト『近世資本主義』( 第 1巻第 1分冊、岡崎次郎訳、1942-3年、生活社。 第 3巻第 1編、梶山力訳、1940年、有斐閣。 Werner Sombart, Der moderne Kapi- talisumus, 1902,1916,1927.)

38) I.レーニン『帝国主義論』、1917年。

39) W.ロストウ( 木村健康・久保まち子・村上泰亮訳) 『経済成長の諸段階』、1961年、

  ダイヤモンド社。(W.W.Rostow,The Stages to Economic Growth, 1960, Cambridge.)

40) R.ボワイエ( 山田鋭夫訳) 『レギュラシオン理論』、1989年、新評論。(Robert Boyer, La théorie de la régulation, 1986, Découverte.)

41) I.  ウオーラーステイン( 田中治男・伊豫谷登士翁・内藤俊雄訳) 『世界経済の政治学』、1991年、同文館。( Immanuel Wallerstein, The politics of the world-econ- omy: The states, the movements and the civilizations, 1984, Cambridge U.P.)

42) 宇野弘蔵『経済政策論』、1954年、改訂版1971年、弘文堂。

43) 大内力『経済学方法論』( 大内力経済学大系  第一巻) 、1980年、東京大学出版会。同 『国家独占資本主義』、1970年、東京大学出版会。加藤榮一「現代資本主義の歴史的位置」( 『経済セミナー』 1974 年2 月号、日本評論社)同「現代資本主義の歴史的位相」( 『社会科学研究』第41巻、第 1号、1989年7月) 馬場宏二『現代資本主義の透視』、1981年、東京大学出版会。同「現代世界と日本会社主義」( 東京大学社会科学研究所編『現代日本社会 1課題と視角』、1991年、東京大学出版会。)

44) 三和良一「経済政策体系」( 社会経済史学会編『1930年代の日本経済』、1982年、東京大学出版会。)                       

45) R.ウィルキンソン( 斉藤修・安元稔・西川俊作訳) 『経済発展の生態学』、1975年、筑摩書房。( Richard G. Wilkinson, Poverty and Progress, An ecological model of economic development, 1973, Methuen.)

46) P.ブルデュ−( 石井洋二郎訳) 『ディスタンクシオン』I,II、1989、91年、新評論。(Pierre Bourdieu, La Distinction, Critique Sociale du Jugement, 1979, Minuit.)

47) 川勝平太『日本文明と近代西洋』、1991年、日本放送出版協会。

48) 大内力 前掲『経済学方法論』、269 頁。

49) 三和良一前掲「経済政策体系」。

50) 加藤榮一前掲「現代資本主義の歴史的位相」。

51) A.トフラー( 徳山二郎監修、鈴木健次・桜井元雄他訳) 『第三の波』、1980年、日本放送出版協会。( Alvin Toffler, The Third Wave, 1980, W.Morrow & Co.)