WTO加盟後の中国経済

はじめに

三和良一

青山学院大学経済学部は, 2000 年度から, 南開大学(中国天津市)との研究者交流を開始した。 2000 年度には南開大学日本研究中心所長楊棟梁教授, 2001 年度には南開大学国際商学院長兼現代管理研究所長李維安教授, そして 2002 年度には南開大学副学長 Pang錦聚教授(*1)を招聘して, 講演会とセミナーを開催した。 ここで紹介するのは, Pang錦聚教授が, 2002 年 10 月 2 日におこなった教員向けセミナーにおける研究報告を骨子に, 10 月 3 日の大学院生向けセミナー, 10 月 8日の学生向け講演会の内容を加えて, Pang教授ご自身が整理された講演要旨である。 講演要旨には, Pang教授の手で, 教員 ・ 院生 ・ 学生との質疑応答の要約も付け加えられている。

Pang錦聚教授は, 1947 年生まれの経済学者で, 南開大学副学長を務められるとともに,  中国教育部経済学教学指導委員会副委員長, 中国大学教学研究会常務理事, 天津市経済体制改革研究会会長, 『南開学報』 編集長などの要職に就任されている。 著書(共著を含む)には, Pang錦聚著 『経済波動与経済調整』 南開大学出版社 1993 年, Pang錦聚 ・ 霍学文著 『体制  貨幣与通貨膨脹』 中国物価出版社1991 年, 谷書堂 ・ Pang錦聚等著 『経済和諧論』 中国経済出版社 1993 年, Pang錦聚著 『中国市場経済的宏観調控』 中国物質出版社 1995 年, Pang錦聚 ・ 柳欣 ・ 周立群主編 『社会主義労働与労働価値論研究』 南開大学出版社 2002 年, 呉樹青顧問, Pang錦聚等主編 『政治経済学』 高等教育出版社 2002 年などがあり, 論文としては, Pang錦聚 「中国経済改革的基本経験」 『南開経済研究』 1993 年 3 期, Pang錦聚 「不同体制下経済調整的比較及啓示」 『南開経済研究』 1991年 10 期, Pang錦聚著 「堅持国民経済快速増長与穏定協調発展的統一」 『南開経済研究』 1992 年4 期, Pang錦聚 「国有企業改革進程中的就職問題」 『南開学報』 1998 年 1 期, Pang Jin Ju The Future of the East Asian Economic Model Journal of Asin Paci゙c Studies, 2001, no. 2 などがある。

また, 受賞作品としては, Pang錦聚等編 『政治経済学』 高等教育出版社,2001 年, 第一回中国国家教育成果一等賞, 谷書堂主編 ・ Pang錦聚等著 『社会主義経済通論』 上海人民出版社, 1989 年, 第二回中国国家教育成果二等賞, Pang錦聚等著 『具有南開特色的人才培養模式』 南開大学出版社, 2001 年, 天津市教育成果一等賞, Pang錦聚著 『経済波動与経済調整』 南開大学出版社, 1993 年,中国高等教育初回人文社会科学優秀成果二等賞がある。

Pang錦聚教授は, 今回のご来日の際に, 南開大学と青山学院大学の学術交流協定案を提示された。 両大学の折衝の結果, 2003 年度から, 両大学間の交流協定が発効することとなった。 経済学部の研究教育活動へのご協力と大学交流協定締結へのご貢献にたいして, ここで, Pang錦聚教授に深く感謝申し上げたい。

*1 ホームページでの公開にあたり、教授のお名前の表記を文字化けを避けるため、”pang教授”とさせていただきます。

 

WTO 加盟後の中国経済
青山学院大学での講演と質疑応答

南開大学副学長  Pang 錦聚

 
 2001 年 12 月 11 日中国は WTO 加盟を果した。 それは中国経済における数十年の努力を積み重ねた結果であると同時に, 中国経済の発展に新たな機運と挑戦を与えた。 現在, 中国経済に関しては両極端の論評がある。 中国経済の発展は世界の脅威と捉える人もいれば, 中国経済の発展の成果については信じ難く中国はやがて崩壊すると断言する人もいる。 中国経済の実態は果してどうなっているのか。 ここでは, いくつかの事実と分析を提示して, 中国経済の現状理解に資することを期待したい。

I.中国経済発展の現状

1.  成長率

中国経済は, 1978 年に改革開放政策を実施してから高度成長を続けてきた。1979 年から 1998 年の間に GDP の年平均成長率は 9.7% に達した。 また中国経済は, 1997 年のアジア金融危機による深刻な影響を受け, 経済成長の速度が低下する傾向を見せながらも, 他の国や地域に比べれば, 依然として, 比較的高い成長率を保っている。 1998 年 GDP の年成長率は 7.8%, 1999 年 7.1%, 2000年 8.0%, そして 2001 年は 7.3% となっている。

上述の状況の中で, 中国は WTO 加盟を果した。 2001 年末における 2002 年の経済展望では, 大半の中国人は, 中国経済は WTO 加盟によって世界からの厳しい試練を受けると予想し, またそのための備えもした。 現に中国政府は,2002 年の経済成長を低めに押さえた。 しかし, 2002 年の上半期における経済運営の実績から見ると, 多くの経済指標が良好であり, GDP の第 1 四半期の成長率は 7.6%, 第 2 四半期は 8.0% で, 上半期の年成長率は 7.8% となっている。

2.  2002 年上半期の経済成長の特徴

(1)  固定資産投資額は 21.5% 増大し, 昨年同期と比べて増加率は 6.4% ポイント増となった。

(2)  輸出貿易は予測を超えて, 上半期輸出額は 14.1% 増で, 昨年同期より増加率は 5.4% ポイント増え, 輸入の増加率は 10.4% で, 昨年同期より 3.7% ポイント減少となっている。 輸出入の差額は, 上半期合計 134 億ドルに達し, 昨年同期より 54 億ドル増となり, それに対応した形で外貨準備高は 6 月までに2,428 億ドルとなり, 昨年度初頭より 306 億ドル増となった。

(3)  外資導入が加速している。 2002 年 1 月から 6 月までの間に全国で新規に許可された外資企業数は, 15,155 件, 26.39% 増となり, 外資導入額は, 契約ベースにおいては 439.9 億ドル, 31.47% 増, 実行ベースは 245.79 億ドル,18.69% 増となる。 ある予測によると, 2002 年度における外資の実行ベース額は, 500 億ドルを超える見込みで, いままでの直接投資額においては, 最大になる可能性がある。 2002 年 6 月末までに設立契約が成立した外資系企業数の累計は 405,180 件, 契約金額の累計は 7,892.81 億ドル, 実行金額の累計は 4,198.02 億ドルとなっている。

(4)  工業生産高の拡大も加速している。 2002 年上半期の工業生産高の増加率は 11.7% で, 昨年の 9.9%, また年初の予測値である 10% より明らかに高かった。

(5)  経済運営の質は次第に高まった。 5 月における工業製品販売収入は12.3% 増で, 同期における生産高増加とほぼ同水準にあり, 工業製品の販売率は 96.85% となり, 前期と比べて 0.12% ポイント増大した。 労働生産性は120.3 で,前期比 2.3 ポイントの増大となった。

(6)  国内消費市場は, 安定的に拡大している。 上半期には前期比 8.6% 増で,前期の増加率と比べて 1.7% ポイント下落したが, 物価変動要因を除けば, 依然として 10% 前後の拡大を維持している。 住宅, 乗用車, 旅行などの新しい消費分野は拡大傾向を示しつつあり, 新たな消費ブームが起こる可能性を潜めている2)。

2002 年度の中国の経済成長率は, 今年上半期の経済発展情勢から見て, 今年度の目標値に達すると予測されている。 中国社会科学院と国家信息中心(国家情報センター)の予測では, 7.4%〜7.5%, またアジア開発銀行と IMF の予測では7% となっている。

3.  中国経済の直面する主な困難と問題点

(1)  有効需要不足, 物価の持続的下落

1997 年アジア金融危機の影響以来, それまで持続していた旺盛な需要の拡大は一変して, 中国経済は需要不足に転じた。 この変化は, 具体的には, 経済成長率の低下, 大部分の商品の供給過剰と物価の継続的な下落として現れている。

有効需要不足の状況は 2002 年度も変わりがない。 今年の上半期における全国消費者価格の平均値は前期より 0.8% 低くなり, 2001 年 11 月以来既に 8 ヶ月連続して緩やかに下落あるいは不変という状況が続いている。 生産財価格は 3.9% の低下で, 2001 年 6 月以来連続 12 ヶ月下落している。 工業製品出荷価格は3.4% 低下で, 2001 年 4 月から連続 15 ヶ月下落している。 統計によると, 600種の主要商品の 86.3% は供給過剰, 13.7% の商品だけが基本的に需給均衡を保っている状況である。 今までの需要過剰現象はついに現れなかった。 物価の持続的な低下は, 企業収益に影響するのみならず, 企業投資を抑制し, 庶民の収入に影響を及ぼし, 消費の増大を抑制している。

(2)  失業問題の深刻化

失業の圧力は日々増大している。 2001 年末, 中国の都市の失業登録人口数は681 万人, 登録失業率は 3.6% となり, 2000 年末より 0.5% ポイント上昇した。1998〜2001 年の 4 年間の全国国有企業からの 「下崗」 (一時帰休者)の累計は2,550 万人, 非国有企業の 「下崗」 の累計は 200 万人以上となり, そのうちの1,700 万強の人は再就職し, 500 万強の人は企業内部で退職の手続きをとった。残りの一時帰休者約 550 万人は, 就業の機会を待っているところである。 それに 2002 年度の新規労働力供給を加えて, 2,000 万人を超える労働力が供給されるから, 都市における労働市場の矛盾は深刻である。

(3)  農業問題と農民問題

近年, 農業構造調整によって食料生産量が減少し, これと同時に, 農産物価格が一般的に下落したので, 農民の食料生産意欲が削がれ, 農業発展に陰りがさし, 農業の成長スピードはさらに鈍化した。 2001 年における農業の成長率は前年比 2.8% 増にしか達しなかった。 同時に 1996 年以来, 中国農民の一人あたり年平均収入の増加率は, 4 年連続下落した。 1996 年は 9% 増加であったが,1997〜2000 年にはそれぞれ 4.6%, 4.3%, 3.8%, 2.1% となった。 2001 年における農民収入は 4.2% 増という緩やかな上昇を見せたが, 2002 年度において, 農産物価格の要因に加えて, 出稼ぎによる収入増加作用が減退あるいは消失することになると, 新しい政策が取られない限り, 農民収入の増加率は再び低下する恐れがある。

II.中国経済改革の成果,直面する問題の原因とWTO加盟による影響分析

1.  中国経済の高度成長の内的要因と外的要因

(1)  内的要因

中国は後発国であり, 工業化, 都市化と貨幣経済化(商品経済化)を実現する段階にある。 こうした経済の発展段階における高度成長は, 一般的に見られる現象であり, また, それは, 多くの国々の経験によっても証明済である。 世界経済史を見ると, 工業化の離陸に入った国あるいは地域における高度経済成長は, 十年から数十年にわたって維持されている(表 4 参照)。 中国経済の起点は低く, 成長のスピードが多少目立つことは, 中国の後発性によるところが大きいといえる。

中華人民共和国は建国から五十数年を数え, とくに二十数年にわたる改革開放の成果は, 中国経済の高度成長の基礎条件となった。 アジア金融危機後は,適切なマクロ政策が実施されたことも経済成長を支えた要因の一つであった。新中国では, 建国から五十数年の間に, 食料生産高は 3.3 倍に増えて, 農産物供給には余裕ができた。 石炭生産量は 38 倍, 石油は 1,341 倍, 電力は 270 倍,鋼は 731 倍に拡大し, 科学技術の進歩は著しく, 比較的体系化した工業基盤を確立した。 1997 年以降, アジア金融危機における対応策として, 中国は内需拡大政策を明確に掲げ, 総合的な調整政策を行った。 とりわけ, 積極財政政策と通貨政策は, 目立った役割を果した。 財政政策については, 1998 年〜2001 年の三年間にわたって長期建設国債 5,100 億元を発行した。 これは, 約 1 兆元に及ぶ地方政府 ・ 企業の投資と銀行融資を促進し, 経済成長を支える大きな要因となった。 たとえば国債発行は, 1998 年において当年度の経済成長率を 1.5% 高め, 1999 年には 2%, 2000 年には 1.7%, 成長率を高めた。 また戦略的な基礎分野に対する集中的な財政投資によって, 企業の技術進歩を加速させ, 産業全体のレベルの底上げをもたらし, さらに, 社会インフラの整備によって生産条件と生活環境を改善させた。 通貨政策については, 1998 年以来, 需要の拡大方針に基づいて漸進的に貨幣の供給量を増やすと同時に, 資金の貸出や信用の供与を経済環境の変化に対応させながら政策的に誘導することによって経済構造の調整を促進した。 また, 監督の強化を通して金融の安定化を図った。 こうした貨幣供給の適切な増加は, 貨幣の流動性を改善させ, 国有企業が困難な状況から脱却するのを助け, 外貨蓄積の増加を促し, 人民券の安定をもたらす効果があったと評価できる。

(2)  外的要因

中国の経済成長は長年にわたって対外開放の恩恵を受けてきたが, WTO 加盟によって中国には新たな経済成長の機会が与えられた。 2001 年における中国の輸出入総額は GDP の 44% に達し, 中国の経済成長と改革開放政策との正の連動関係は, 極めて目立っている。 WTO 加盟による改革開放政策の深化は,中国経済を取り巻く外部環境の改善に繋がり, 2002 年上半期における外資利用と輸出の加速に密接に関連している。

2.  中国経済が直面する問題の国内的要因と国際的要因

(1)  有効需要不足の要因

国内的要因: 投資については, 政府財政投資への過度な依存, 民間投資に関する規制, 融資ルートの未整備と物価低下という投資環境のもとで, その増加は終始緩慢である。 その他, 新製品の開発やモデルチェンジなどにおける技術革新や既存の設備の量的拡張のための投資も盛り上がらない。 投資の増加率の低下が投資高の増加に暗い影を投げかけている。

消費市場も長期に低迷している。 IMF と世界銀行の統計によると, 1990 年代以来, 世界平均消費性向は 78〜79% であるのに対して, 中国では, 1995 年の消費性向は 57.5% であった。 1997 年以降, 中国では, 数年連続して消費刺激政策を行った。 たとえば, 7 回にわたって預金金利を引き下げ, 利子課税を導入し, 消費者信用制度を整備し, 公務員給料の引き上げなどを行った。 それらの諸措置はある程度の効果を収め, 2000 年の消費性向は 60% に上昇したが, 世界平均から見れば依然低い状態が続いている。 消費不足問題は, 消費構造にも原因がある。 所得格差の拡大や, 低所得者とくに人口の大多数を占めている農民の収入の緩慢な上昇は, 消費拡大の直接な制約要因となっている。 2001 年人口の 62% を占めている農民の支出は支出全体の 34.7% しか占めていない。 1997年の 47.5% に比べて 12.8% ポイントも低下した。 所得増加が消費拡大へと繋がらないために, 預金は増大し, 2002 年上半期の人民預金額は 8.17 兆元に達した。 この数値が, 最終需要の不活発さ, とくに農民と農村における消費の不活発さを物語っている。

国際的要因: 1997 年のアジア金融危機は, 中国の 1998 年の輸出成長率を0.5% 低下させた。 輸出の低下は, 総需要に直接に影響を与えるだけではなく,経済的な波及効果と乗数効果を通して, 国内投資, 国内消費を変動させ, 総需要に間接的な影響も与えた。 2001 年の世界経済の大不況の影響を受けて, 輸出は 4 月から月ごとに低下する局面に入り, 主要な輸出市場における輸出拡大のスピードは大幅に下落した。 それによって, 回復に向かいつつあった総需要はまたしても反転するにいたった。

(2)  失業問題

中国の失業問題が深刻化していることに関しては, 中国の抱える人口が多いという事情が決定的ではあるが, さらに, 経済構造の調整段階にあることも関係している。 中国は厖大な人口を抱え, 近年は労働供給がピークを迎えていることから, 就職圧力が依然続いている。 さらに WTO 加盟後, 中国経済は構造調整を加速させ, 新たな挑戦に挑まなければならない段階にある。 経済構造調整の過程における農業や製造業など各部門における資本の有機的構成の高度化,科学技術の高度化は, 新規雇用収容能力の低下をもたらすばかりでなく, 一部では人員削減さえ要請する場合もある。 第三次産業中の伝統的サービス業は,一部の地方ではすでに飽和状態となっており, 雇用の受け皿としての機能は低下している。 また, 第三次産業中の金融, 保険や電信などの業種は, 労働力に対する質的な要求が高く, 構造調整によって生まれた失業者の有効な雇用セクターとしての働きが期待できない。 つまり, 労働市場におけるミスマッチ現象も生じており, この問題は短期間では解決が困難である。

(3)  物価問題

物価下落問題は, 長期的に見ると, 需要不足に原因があるが, 2002 年の状況に関しては, WTO 加盟による影響を否定できない。 2002 年の元旦から, 中国は, 5,000 種を超える商品に対する関税率を引き下げ, 一部商品の輸入規制は解除した。 国際競争の激化は, 国内市場価格の比較的高い商品(小麦と米の国内価格は国際価格より約 20% 高い, トウモロコシと大豆は 30% 以上高い, 自動車の国内価格と国際価格の差はもっと甚だしい)を直撃した。 また, 近年の国際市場における価格の低下状況を考えると, 国内市場の価格下落は避けられない。その他, 技術進歩による価格下落の側面もある。 たとえば, 家電, 交通, 通信分野における価格下落は, 技術進歩によるところが大きい。 企業間競争の激化,技術進歩, 外国資本の直接投資の増加は, 中国経済の発展を加速するばかりではなく, 価格の下落ももたらすのである。

3.  WTO 加盟の中国経済にたいする影響

以上, 中国経済発展の成果と問題点, またその原因について分析し, 中国の WTO 加盟がもたらす積極的 ・ 消極的影響にも言及した。 次に, その内容を概括し, 論点をさらに明確にしたい。

(1)  WTO 加盟の中国経済にたいする積極的な影響

q  中国の WTO 加盟は, 中国経済が世界経済のグローバル化に積極的に参加することを意味する。 それは, 中国が, 世界経済の状況を迅速かつ正確に把握することによって, プラスになる世界経済の要素を積極的に利用し, マイナスを極力避ける助けになるだけではなく, 中国における科学技術の進歩, 経済構造調整の加速と産業構造の高度化を促す。

w  WTO は, 世界経済のグローバル化の過程において, 他の国際経済組織に代替できない役割を担っている。 その基本原則は中国の目指す市場経済体制と一致している。 中国の WTO 加盟は, 中国の改革開放を深化させ, 政府機能の効率化を促し, 中国社会主義市場経済の確立に役立つ。

e  WTO 加盟は, 市場経済という共通の場における中国とその他の加盟国との経済交流を促進し, 各種の協力と競争を押し進め, 国内市場および国外市場を利用して資源を十分に活用することを可能にして, 国民経済の発展に役立つ。

r  WTO 加盟は, 中国と世界各国との経済協力を促進させ, 多角的な貿易体制の中において経済力の均衡化をもたらし, 国家の経済的利益の維持に繋がる。

(2)  WTO 加盟による中国経済の直面する新たな挑戦

中国は発展途上国であり, 先進諸国と比べて, 科学技術や管理能力など総体的な経済実力は比較優位に欠けている。 多くの分野において競争力は弱く, とりわけ農業と金融分野などサービス産業における挑戦が深刻である。 まず農業部門を取り上げてみよう。 中国は依然として農村人口の比重が大きい。 中国の農業経営は, 零細で効率性は低い。 それに農産物価格は長期的に低い水準におかれ, 農民所得も長期的に低迷傾向にある。 WTO 加盟後, 国内の農産物は,輸入品の圧力を受け, 農産物の低価格状況から脱することは望めないことから,農民所得の長年に渡る低水準を改善することは困難である。 これは, 農産物の国内需要をまかなう基本的な生産能力が次第に失なわれることに繋がり, 中国において農業が占める基礎的な地位を揺さぶる恐れがある。

中国の金融市場は, WTO 加盟によって正式に世界に開放されることになった。 不完全な統計であるが, 今まで中国に進出している外資銀行は既に 400 行を超えた。 そのうちの 200 行は開業し, 30 行は人民券の取り扱いの試みをスタートさせた。 現在のところ外資銀行は中国金融市場において 2% しか占めていないが, 外資銀行はまず優良顧客の獲得から新規参入している。 信用度の高い, 収益性の安定した, 現代的な経営ノウハウを備えた顧客が国有銀行から流失してしまうことは, 国有銀行における不良債権率を高める恐れがある。 ある予測では, 5 年後には外資銀行の中国における業務は大きく躍進し, 中国の国有銀行にとって深刻な挑戦勢力になると見ている。

2002 年の WTO 加盟後における貿易摩擦は多発している。 上半期だけで, 従来比較的厳しい管理下にあった尿素, 砂糖, 小麦などの商品は, 数量制限が残っていたものの, 海外商品の価格と品質の優位によって, 急速な輸入増加に見舞われた。 また, 鋼材も, 関税率の引き下げと数量制限の解除によって, 既に 2001 年から輸入高が増加していたが, 2002 年に入っての 5 ヶ月の間に前期比 33% も増加し, さらに大型契約が締結されて, 輸入を待機している状況である。 急激な輸入増, 特に小麦, 化学肥料, 鉄鋼, 砂糖などの輸入急増は, 中国の貿易収支に影響するだけではなく, 関連産業への打撃が深刻である。 同時に外国における保護主義の台頭, ダンピングの取締り, 知的所有権強化や環境保護基準などの制定は, 中国の輸出にとっての障害となっている。 今年に入ってから, 外国によるダンピング提訴と事実調査開始の件数は 23 件を超え, 総額は7 億ドルに及ぶ。 また EU における我が国の動物を原料とする製品の輸入規制だけで, 7 億ドルに達した。

III.  中国の取るべき施策と中国経済の展望

以上の分析に基づくと, WTO 加盟による新しい環境への適応と更なる経済的発展を目指すためには, 中国は以下の施策を実行することが求められている。

1.  拡張的マクロ政策の継続による内需拡大

中国の国民貯蓄率は極めて高く, 市場も広くて潜在力は大きい。 現在の外国貿易依存度は, すでにアメリカや日本よりも高くなっている。 したがって, 需要刺激政策の基本は, 国内の潜在力を引き出して国内需要を拡大するところに求められるべきである。

(1)  積極財政政策と安定的な貨幣政策を継続して, 投資需要の拡大に努める。

財政政策については, 4 年間連続して国債の増発をしてきたが, 投資の拡大を促進するために適切に国債を増発するという選択はまだ残されている。 しかし, 2001 年の国債発行の累計は 1 兆 8,706 億元で, 国内総生産の 18.1% を占め, そのうち赤字国債は 3,098 億元で, 国内総生産の 3% を占める事を考慮すれば, 今後の国債新規発行については, 以下の三つの問題に注意を払わなければならない。 第1 に, 発行額が過大になってはならず, 債務危機の発生を避けなければならない。 第 2 に, 産業構造調整の方向性を見極めて, 適正な投資分野を選び, 投資の収益性を高める必要がある。 第 3 に, 国債増発と同時に, 信用制度の確立と資本市場の改善を図り, 民間投資を奨励しサポートする有効な政策を採用する必要がある。

通貨政策は, もっと積極的に行う必要がある。 現段階において, 銀行の資金保有量は豊富であり, 住民預金の累計額は 8 兆元を超えている。 預金利子率は低く, インフレ圧力も存在しないという資金の貸し出しの好条件に恵まれた環境のもとでは, 中小企業, 地域経済, 農村 ・ 農民に積極的に資金を供給することによって, 良好な経済効果を生みだすことができる。

(2)  多様な手段を総合的に運用して, 消費需要の拡大に努める。

2002 年度の経済情勢に鑑み, とりわけ以下のいくつかの方策に力点を置く必要がある。 第 1 は, 新たな消費牽引役の育成, 第 2 は, 確実に農民収入を高める政策の実施, 第 3 は, 社会保障制度の確立と低所得層住民の基本的な消費生活の保証, 第 4 は, 中小企業と各種の経済の発展による就職機会の拡大と労働者所得の増加である。

2.      経済体制改革の深化と経済構造調整の加速による国民経済の高度成長の維持

需要不足の解消は, 根本的には経済成長に頼ることになるであろう。 従って,マクロ政策の策定も, 量的なコントロールと産業構造の調整政策とをとり入れた総合政策でなければならない。 こうしたマクロ政策によって, 総需要の拡大と産業構造調整の加速を促し, 新たな成長分野の育成を図り, 全体の経済成長を促進させることが望ましい。

まず経済構造調整を加速する必要がある。 近年の国債発行で調達された資金は, 概ね水利, 交通, 通信, エネルギーと環境保護などの分野に重点的に投入されて, 大きな成果を挙げてきた。 遅れていたインフラ整備は目立って改善されてきたから, 産業構造の調整を, 経済発展の最優先課題に引き上げるべきである。 具体的には, 伝統産業における技術的更新による再生を促進させ, また最先端技術分野における産業発展を加速させることと同時に停滞状況が顕著化した第三次産業の改善と新たな発展を図る必要がある。 従って, 国債による投資に関しては, 企業の設備増強と技術更新への投資比率を引き上げ, インフラ整備強化と同時に最先端技術分野における企業の育成と伝統産業の改革を重視する必要がある。 融資政策と信用制度の運用については, とりわけ農業構造調整にたいする支持を強化し, また, 企業における生産技術の改善と先端技術分野における企業の育成に努めることが必要である。

改革は, 総需要不足を克服するための原動力になる。 まず国有企業の改革を深化させる必要がある。 国有企業改革が, 供給と需要の両面に与える影響は計り知れない, 国有企業改革を改革の最重要課題として位置付け, 以下の 4 点に力を集中する必要がある。 第 1 は, 現代企業制度の確立, 第 2 は, 戦略的な企業再編の継続, 第 3 は, 市場秩序の整頓と規範化, 第 4 は, 国際競争力を備えた大企業集団の育成とグローバルな競争への参加の促進である。 それと同時に,財政制度改革の深化によって健全な公共財政体制を確立し, さらなる金融体制改革によって金融市場の育成と発展を図る。

3.      政府行政機能の転換を図って WTO ルールに適応させ, 全面開放の歩みを速めて, WTO 加盟を機に経済成長を加速する

2002 年は中国にとって WTO 加盟の最初の年である。 WTO 加盟の影響は,まだ全面的に現れてはいないが, 以下の状況変化は確認することができる。

1 に, WTO 加盟は, 中国経済が, 開放経済への転換を実現したことを示している。 この転換が意味するところは, 中国経済と世界経済との関係が一層緊密になり, 国内要因とならんで国際的要因も中国経済運営を規定する要因となったということである。 従って, 中国がマクロ的経済成長政策を実施するに際しては, 国内情勢を考慮するばかりでなく, 世界経済の趨勢との均衡をはかることが必要になった。

2 に, 2002 年上半期の経済情勢が表しているように, WTO 加盟が中国経済に与える影響は, 短期的にはマイナスよりプラスの方が大きい。 中長期的には, 中国が経済変化の方向性を迅速かつ正確に把握して, それに対応した調整をおこなうマクロ政策を継続し, また, 世界経済の漸次的な回復という経済環境に恵まれれば, 中国の対外貿易の良好な発展傾向を持続することは可能であり, 中国経済の高度成長は続くであろう。 中国経済の現状を分析して, 中国経済の崩壊を予測する人がいるが, それは科学的な根拠に欠けている。 もちろん,中国経済は, 全体的に比較的低いレベルにあり, さらに厖大な人口を抱えている。 今後ある程度の期間にわたって経済発展を続けても, 中国経済は依然として強大にはならないし, かなり長い期間は発展途上国として位置付けられるであろう。


参考文献

1.      『中国統計年鑑 2001』 中国統計出版社, 2002 年。

2.      アジア開発銀行, 国際通貨基金, 中国社会科学院と国家情報センターの公表予測。『経済日報』 2002 年 6 月 20 日による。

3.      中国国家統計委員会マクロ経済研究院 「経済形勢分析」 担当班 『当前宏観経済形勢分析』。 『経済日報』 2002 年 7 月 22 日による。

 IV.  質疑応答

質問 :  中国経済成長は事実であるが, 統計数値には信憑性があるか ?

答え :  統計技術の視点から見る場合, 私は, 中国の経済統計数値が 100% 正確であると断定できない。 また中国経済の転換期なので, 地方政府が作成する統計には問題があり, たとえば, 名利を求めて虚偽の数値を示す場合があることも否定できない。 しかし, マクロ的に見て, 中国政府は近年は経済状況の実体を突き止めることを望んでおり, 統計の正確性を高め, 人為的な統計歪曲を排除するための多様な方策を講じている。 たとえば, サンプル調査などの手法を通して, 統計の問題点の発見に努める。 何故なら虚偽の数値は, 中国経済にとって, 百害あって一利なしであるからである。 厖大な人口を抱える発展途上国としての中国は, 数値のごまかしで国内経済の問題を解決することはできない。 中国の改革開放以来の状況変化から見れば, 中国の経済成長の数値は信用できる。 つまり, 都市の変貌, 都市住民生活レベルの改善と国力の総体的な向上は, 統計数値の歪曲によっては実現できない事実である。

 

質問 :  中国経済は高度成長を続けてきた。 WTO 加盟によってさらなる経済発展が期待されている。 しかし, 世界の資源は有限であり, 中国の発展によって他国への競争圧力は高まる。 中国が経済大国となった場合の他国へのインパクトについての意見を聞かせて欲しい。

答え :  世界の有形資源は有限であるが, 無形な資源, たとえば科学技術などは無限である。 比較的高い成長を維持してきた中国経済が, 他の国や地域に競争圧力を与えることは事実であるが, 同時に他の国や地域に市場と投資機会を提供することにもなる。 中国経済は, 確かに大きな成長を実現した。 近年の経済成長は, 中国の歴史の中でも目立って高いし, 他の国や地域と比べても, 中国はもっとも成長率の高い国の一つである。 しかし, これは中国が経済大国化したことを意味するわけではない。 中国経済の基盤は弱く, GDP も低い水準にある。 中国の 2001 年の GDP は 1 兆ドルに達したが, これはアメリカの 9.5 分の1, 日本の 4.5 分の 1 に過ぎない。 従って, 中国経済の 9.5% の成長は, アメリカ経済の 1% 成長, 4.5% の成長が日本経済の 1% 成長に当たる。 つまり, GDP 総額の 4.5% 増加分が, 日本の GDP の 1% 増加分に相当する額なのである。 中国の目立った経済成長は, 経済の発展段階によるところが大きい。 世界経済史のうえでは, 工業化の進行途上の国や地域において, 比較的高度な成長の時期が見られることは特別の現象ではない。 日本や東南アジアの一部の国と地域はそうであり, 西欧諸国も近代化の初期には経済の高度成長を経験している。

中国が経済大国になる時期に関しては, 不確実な要素が多いので, 予測するのが難しい。 総量的に見て, 中国経済は世界の第 6 位であるが, 中国が既に先進国の仲間入りを果したと思う人はいないであろう。 中国の 1 人当たり年平均 GDP は, 2001 年において約 7,000 元で, 為替レート換算では 900 ドルに達していない。 アメリカや日本などの諸先進諸国 1 人当たり年平均の約 3 万数千ドルと比較すると大きな差がある。 つまり, 中国は, 先進国はおろか発展途上国の中下レベルにさえ達していない。 従って, 中国にとって最も重要なのは経済発展に専念することである。 将来, 中国経済が先進諸国に伍する日がくるときも, 中国の伝統と国家の体質, 実施している政策路線などからみれば, 中国は,他の諸国や地域と平和共存し相互に利益を分かち合うしかない。 中国は WTO 加盟を果たした以上, WTO のルールを遵守することが, 中国の果たすべき責任と義務である。

 

質問 :  中国における就職問題を知りたい。 中国の失業率は人為的に低く報道されることがあるか ?  また, WTO 加盟は中国の失業問題をさらに悪化させることにならないのか ?

答え :  中国の公表失業率が低いのは, 人為的に低く押さえられているためではなく, 統計の理論や方法の未発達によるものと思われる。 皆さんは気づいていると思うが, 中国が公表している失業率は, 都市に戸籍が登録されている人々の失業率である。 つまり, 農村の失業率と都市に登録されていない人々の失業率という二つの数値は, 中国の失業率に反映されていない。 従って, 中国の実際の失業率は, 公表されている数値より確実に高い。 どのくらい高いかについては, 予測しにくいが, 中国の農村においては, 約 1.5 億人の労働力を他分野に移動させる必要があるといわれている。 2002 年上半期までの 「下崗」    (一時帰休者)と失業して再就職を必要とする人数の累計は 1,400 万人強, それに毎年の新規労働力供給を加えて, 今後の数年間の間に毎年, 2,000 万から2,300 万人の就職問題を解決しなければならない。 このように就職の圧力は深刻である。 なぜ農村の失業率と都市における未登録者の失業率を政府公表の失業率に加算しないかという問題は, 中国問題の複雑さを反映している。 中国において, 都市化率はおおよそ 39% となっている。 その計算に従えば, 中国の農村人口は, 総人口の 61%, 絶対数は 7 億を超え, そのなかに約 4.5 億の労働力を保有するとの推計になる。 しかし, 農村における就業と失業の区別は明確でない。 つまり, 農業においては, 農繁期と農閑期ははっきりしていて, 農繁期には, 大量な労働力が吸収されるが, 農閑期には, 大量な労働力が有り余る現象が生じる。 このような場合には, 失業概念を明確には規定できない。 マルクス経済学の労働理論と近代経済学の労働理論からも回答は見つけられない。 中国独自の労働理論もまだ構築されておらず, 模索しているのが現状であり, 満足な統計方法は見つかっていない。 また, 都市における未登録の失業者を政府の失業統計に入れることは不可能であるが, この理由は簡単にお判り頂けるであろう。 それでは, 政府の失業率統計は, まったく意味のないものであろうか。 そうではなく, 政府の毎年の失業統計は, 統一した手法で作成されているから,毎年の統計数値を比較すれば中国における就業状況の変化を把握することができる。 たとえば, 2000 年末の都市における登録失業率は 3.1%, 2001 年末では3.6%, そして 2002 年末の失業率は 4.5% と予測されていることから, 失業問題は深刻化していることがわかる。

WTO 加盟が失業率に及ぼす影響に関しては, 理論的には, プラスとマイナスの両側面を指摘できる。 WTO 加盟は大量の外資流入を加速させ, 経済発展に寄与するという視点から見る場合, WTO 加盟は就職機会の拡大に貢献する。他方, WTO 加盟は, 競争を激化させ, 中国における一部の企業の稼働率を低下させ, あるいは企業を破産に追い込む場合もあるという側面を見る場合,WTO 加盟は中国の失業問題を悪化させる要因を含んでいる事がわかる。 どちらの影響がより大きく現れるかは, もう少し見守る必要がある。 もちろん, できるだけマイナスの部分が押さえられ, プラス面が最大に伸びることを望んでいる。

 

質問 :  農村 ・ 農民問題について, 先生は, 都市と農村の所得格差の拡大を指摘された。 この格差が, WTO 加盟によって一層深刻化する恐れはないか ?  その対策について, 先生のご意見を伺いたい。

答え :  中国の農民収入と都市住民収入は, 1978 年の改革開放政策以来, 共に引き上げられてきた。 中国国家統計局の公表数値によると, 都市住民の平均可処分所得は 1978 年の 348 元から 1998 年の 5,425 元に上昇した。 価格変動を除いた実質値では 2.3 倍になっている。 2001 年には, さらに 6,860 元に達した。それに対して, 農村住民の平均収入は, 1978 年の 134 元から 1998 年の 2,162 元に上昇し, 価格変動を控除した年平均実質増加率は 7.9% となる。 2001 年においては, さらに 2,366 元まで上昇した。 しかし, 1996 年以来, 農業構造調整によって食料生産量が低下傾向にあることや農産物の価格が普遍的に下落している状況から, 中国の農村住民収入の成長率は, 4 年連続で下落している。1996年の農民収入増加率は 9% であるに対して, 1997〜2000 年には 4.6%,4.3%, 3.8%, 2.1% となっている。 2001 年の農民収入の増加率は, 4.2% と回復する傾向が見られたが, 2002 年においては, 価格要因と出稼ぎ収入の低減が作用するなかで, 有効な政策が打ち出せない限り, 農民収入増加率減少が再現する恐れがある。 農民収入増加率の減退は, 一時は縮小した都市と農村の格差を再び拡大させる可能性がある。 2000 年における都市住民の可処分所得と農民の純収入の比率は 2.8 : 1 となり, 1985 年の比率に比べて 50% ほど格差が拡大した。 WTO 加盟によって, 農産物価格には輸入品による新たな圧力が加わり,国内農産物価格の低下に歯止めがかからない状況が続くであろう。 中国農民の収入は長期的に改善できず, 農業の中国社会における基礎的地位が揺さぶられることになる。 この問題の重大性を我々は既に認識し, 対策を打ち出している。主な対策としては, 都市化を加速することによって農村の余剰労働力を第二次,第三次産業に移動させること, 農業構造の改善と農産物の改良に努めること,農業の集中度を高めて農業生産の効率化を図ることなどがあげられる。

 

質問 :  農民の大量な都市への移動は, 都市の交通, 治安, 環境, ひいては経済発展に悪影響を与えることがないか ?


答え :  ご指摘の通りである。 対策としては, これらの問題に適切に対応できる法的制度を強化し, 都市管理能力を高めると同時に, 中国の国情に適した都市建設を進めなければならない。 たとえば, ある一部の経済学者は, 中小都市の建設奨励を提案している。 つまり, 農民が郷鎮企業(農村企業)を創業することを支援し, 「離土不離郷」 (労働力は農業から離れるが, 故郷を離れない)を奨励する。 こうした政策によって農村の都市化を促せば, 大都市への流入圧力を緩和することができる。

 

質問 :  中国では, 都市と農村の格差のほかに, 東部と西部の格差も存在する。 それについての取組みはどのようになされているのか ?

答え :  歴史と自然条件の原因によって, 中国には東部と西部の地域格差が長期的に存在している。 東部沿海地域は, 比較的発達し, 西部地域は遅れを取っている。 改革開放以降, 東部 ・ 西部ともに経済発展は加速したが, 両地域格差の改善には至っておらず, むしろ格差は拡大傾向にある。 中国政府は, 既に東西間の格差問題に注意を払い, 対策を講じてきた。 特に西部開発を加速させることによる東西格差是正を図っている。 たとえば, 西部大開発戦略は, 西部地区やチベット族など小数民族の集中する地域に財政資金を移転させ, 西部地域の特徴にあった開発援助を行っている。

 

質問 :  開発経済学では, 二つの経済発展モデルを提示している。 つまり, 均衡を重視した発展モデルと, 一部の地域を優先的に発展させながら遅れた地域の発展を刺激して経済発展を実現するモデルである。 中国は意識的に後者を選らんでいるのか ?  中国における地域間格差問題は経済発展だけで是正できるのか ?

答え :  最初の質問については, まったくご指摘のとおりである。 つまり, 改革初期において, 中国は, 一部の個人と地域が, 自分の労働と合法的な経営によって先に豊かになることを奨励した。 そして, それらの先に豊かになった個人と地域が, 遅れた個人や地域に連動的な影響を与えて, やがて共に豊かになるという政策である。 この政策は今後とも堅持する必要があると思う。 二番目の質問については, 経済発展は, 地域格差を解消するためのもっとも主要な政策であり, 基本になるものである。 しかし, 経済発展と同時に, 政治的, 社会的, 民族的など多くの側面からの政策を実施することが必要である。 また, 経済発達地域 ・ 西部地域ともに, 持続可能な経済成長を実現しなければならない。

 

質問 :  金融問題について質問したい。 中国の銀行は, 大量な不良債権を抱えているといわれ, ある説によれば, 不良債権の比率は日本の銀行より低くない。にもかかわらず, 中国ではなぜ銀行破産が少ないのか ?  中国の銀行と先進諸国の銀行との最大の違いはどこにあると思うか ?

答え :  中国の銀行の抱える不良債権が, 実際にどのくらいあるかについては, 見方が一致していない。 それは統計計算の時点の違いと不良債権の内容規定などの差によるものと思う。 中国銀行総裁が出している数値では, 2001 年末における銀行の不良債権の平均比率は 25.37% である。 私の知っている範囲では, 近年は, 銀行経営体制の改革が進み, 貸出しに対する監督の強化と一部債権の株式への転換など多様な政策が実施されたので, 銀行の不良債権率は低下してきている。 2002 年中の数値によれば, 中国工商銀行の不良債権の保有率は23.9% で, 前年同期に比べて 1.78% ポイント低下した。 中国建設銀行では13.21% で, 前年同期比 1.71% ポイント低下, 中国銀行は 21.84% で, 前年同期比 2.28% ポイント低下, 中国農業銀行でも前年同期比で 2.32% ポイント低下している。 もちろん, 不良債権の完全解消には, 膨大な努力が必要であり, またその道のりは決して平坦ではない。 私は, 今まで中国では銀行破綻が少なく,とくに, 国有銀行は破綻しないという問題については, 政府信用が作用したことと, 銀行経営自体も破産しなければならない状況に追い込まれていないことによるものと思う。 中国では, 市場経済の推進と市場経済制度の確立を図っている最中であり, 国有の専門銀行にも企業化政策をとっている。 WTO 加盟に伴い, 将来は, 経営不振となり外資系銀行との競争に負けた銀行の破産整理もありえる。 これは, 市場経済の発展過程においての正常な現象である。 中国の銀行にとっては, 経営が行き詰まる前に積極的に改革を行い, 経営管理の強化を図ることを通して, 国際競争に耐えるような体質を備えるのが急務である。

中国の銀行と先進諸国の銀行を比べると, 最大の違いはサービスの質にあるのではないかと思う。 高度な金融知識を持ち, 経営のルールを知っている人材によるサービス提供という面でも, 設備や技術というハードの面でも明らかに差があるので, 中国の銀行は, 体系的なサービス業務の点で, 先進国の銀行と比べて遅れている。 中国の銀行は, この点を十分に認識し, 改革を加速する必要があると思う。

 

質問 :  WTO 加盟後, トヨタと天津汽車公司との協力関係が拡大している。中国における自動車産業の将来の展望, 外国資本の中国での投資状況, また労使関係について伺いたい。

答え :  トヨタと天津汽車公司, そして第一汽車公司とは, 新たな協力協議を行い, 中国での乗用車の大量生産について, 双方とも明るい展望を持っている。中国社会のモータリゼーションについては, 学会では議論がある。 自動車産業の発達は, 中国の基軸産業を発展させ, 売上げを拡大させ, 需要拡大を牽引するという主張がある一方, 資源, 環境や交通などの制約要因という視点から,中国ではモータリゼーションを進めるべきではないと主張する人もいる。 私は,その中間の態度を取りたい。 つまり, それは適度な発展を主張することである。中国では, 住民の所得増加とともに自動車需要が増加しており, マイカーを持つことが仕事の効率性に繋がる。 道路やエネルギーなどの問題に対しては, その解決のための投資を進めるとともに, ひきつづき管理を強化し人的な素質を高めることが急務である。 また, 中国の厖大な人口と所得水準の低さを考えれば, 先進国のようなモータリゼーションの時代を迎えるのは, まだ当分先のことであるが, 乗用車の普及率が高まるとともに生じる負の側面を考慮して, 適度な発展を図ることが必要である。 適度な発展といっても, 自動車の絶対数はかなり大きくなるであろうから, 中国における乗用車市場の潜在力は大きいといわざるを得ない。

外国資本の中国への投資は, 全体的に良好であり, 大きな利潤を産み出している。 そうでなければ, 中国への投資の急増を説明できない。 2002 年にはこれまでの最大の増加を記録するであろう。 労使関係については, 全体的に良好であるといえよう。 時折外資系企業における労使争議の報道もあるが, 労使双方が法律を遵守すれば, 問題解決も容易であろう。

 

質問 :  先生は中国の大学から来られた。 中国の大学の教育事情と大学教育の経済発展における役割を教えて欲しい。

答え :  中国では, 1999 年から積極的に学生の受入拡大に努めてきたが, 人口が大きく財政制約という現実問題に直面しているので, 2001 年の高度教育機関への進学率は, 15% に達していない。 日本など先進国における 60% を超える進学率と比べてはるかに低い。 中国における大学教育は更なる発展を加速しなければならない。 大学は, 社会と経済の発展のために, 人材と研究成果を提供するという二つの基本的な役割を担っている。 この二つの役割をうまく果たすことは, 社会と経済の発展にとって戦略的な意義を持っている。 当面のところ, 中国の大学は, 国民全体の素質の底上げ, 就職圧力の緩和や国内総需要の引き上げなどに, 大きく貢献している。

 

質問 :  中国の軍事技術は進んでいる。 中国政府は何故軍事技術を民生用に活用しないのか ?

答え :  中国の軍事技術が, どこまで進んでいるかはよくわからないが, 私の知っている限り, 中国の軍事技術はアメリカの軍事技術よりずっと遅れている。また日本の軍事技術と比べても落差がある。 中国の軍事技術がほんとうに図抜けて進んでいるのであれば, 台湾は敢えて独立を主張することはなく, あるいは中国統一はすでに実現していたであろう。

軍事技術の民間転用問題については, かなり早い時期に問題され, また成果も出している。 現在, 多くの自動車や家電製品などは, 従来は軍需品を生産していたメーカーが製造している。 また, 現在一時帰休している人々の中には,軍需品生産企業の民営化によって生じたものが含まれている。

 

質問 :  経済の枠組みを超える質問で, 答えづらいかもしれない問題だが, 中国は, 何故ユーゴスラビアのように台湾の独立を許さないのか ?

答え :  国家の統一は中国の最重要の大事業である。 自分の国の分裂を望む国は世界中のどこにもない。 日本は北海道を分裂することを望んでいないし, アメリカはハワイがアメリカ本土から分離されることを望んでいないように, 中国も決して台湾を中国から独立させることを許さないであろう。

 

質問 :  中国の社会主義市場経済という概念について説明して欲しい。 私は,中国のある学者に 「社会主義市場経済」 について尋ねたことがあるが, その学者は 「いい質問である, われわれもこの問題について研究している」 と受け流した。

答え :  この問題を避ける必要はないと思う。 私の理解では, 社会主義市場経済とは, 社会主義制度のもとで行われる市場経済のことである。 市場経済とは,市場を軸に社会的な資源を調節する, 大量生産社会に適した経済制度であり,多くの社会制度のもとでも存在し発展している経済制度である。 つい最近まで,市場経済は資本主義でしか発展せず, 社会主義制度のもとでは計画経済が発展するという説があったが, この説が現実と食い違っていることは実践が証明した。 現実の経済では, 資本主義制度のもとでも経済計画が実行され, 社会主義制度のもとでも市場経済を発展させる必要がある。 資本主義制度と社会主義制度の区別は市場経済と計画経済によるものではない。 両者の根本的な違いは所有制にある。 社会主義制度のもとでの市場経済とは, 公有制を基礎にした市場経済のことである。 中国が今進めている経済改革の目指すところは, 社会主義市場経済体制の確立である。

 

質問 :  計画経済が社会主義経済の基本的特質でないとすると, 社会主義経済は, 計画経済を放棄するのか ?

答え :  社会主義経済の根本的な特徴が計画経済ではないということだが, 計画経済を経済運営手段の一つとして放棄する必要はない。 むしろ, 生産の社会化と市場経済の発達に連れて, 計画経済を絶え間なく改善し発展させていく必要がある。 中国では, 企業経営の計画性が強まるだけでなく, 中央政府と地方政府における経済政策の計画性の強化も必要であろう。 ただし, 過去と違って,現在の計画経済は, 一般的に中長期にわたる誘導的な性質が強く, また計画の策定方法の技術的な面も向上してきている。

 

質問 :  先生はマルクス経済学と近代経済学どちらをより信奉しているか, また中国の経済問題解決の方法論として, マルクス経済学と近代経済学のどちらがより有効なのか ?


答え :  私は, マルクス経済学を信奉し, 近代経済学も研究している。 マルクス経済学と近代経済学とは根本的に異なっている。 たとえば, マルクス経済学は資本主義経済制度が必ず社会主義経済制度に取って代わられると考えるのに対して, 近代経済学は資本主義経済制度が永遠に合理的な経済制度であることを前提としている。 しかし, マルクス経済学と近代経済学とは相互に重なり合う部分がある。 双方ともに大量生産と市場経済(あるいは貨幣経済と呼んでも差し支えないが)に関する仕組みや法則を提示した点である。 マルクス本人は, ブルジョア経済学の科学的要素を批判的に継承することを重視した。 マルクスの創立したマルクス主義政治経済学は, 英国の古典政治経済学の成果を継承した。私は, 中国で育ち, また中国の経済理論と経済発展に奉仕しているものとして,マルクス主義経済学の成果を継承しながら, 近代経済学の科学的成果を取り入れたい。 しかし, 中国問題への取組みは, 根本的には中国の現実から出発しなければならない。 マルクス主義経済学は, 中国化しなければならないし, 近代経済学も中国化しなければならない。 マルクス主義経済学の理論を中国の現実と結合しながら, マルクス主義経済理論のさらなる発展を図ると同時に, 近代経済学の最新の理論と方法を取り入れ, 中国の現実に合った理論を構築し, 新世紀における中国の直面する新たな問題の解決に当たることが, 中国の経済学の使命であり, 私はそれに尽したいと思う。

 

おわりに


この講演要旨 ・ 質疑応答の原文は, 中国語で書かれている。 中国文の日本文への翻訳は, 青山学院大学大学院経済学研究科博士後期課程 3 年在学の雲大津氏が行った。
     
*ホームページ掲載にあたり、原文の4つの表は省略しました。