『日本占領の経済政策史的研究』
【書評の書評】2
 
  三和良一の【書評の書評】1について

 

石井晋学習院大学助教授より以下のようなお手紙を頂いた。お手紙のHPへの掲載のお許しも頂いているので、以下に公開する。

 

【石井晋氏から三和への手紙 200376日付け】


 書評に関して、お手紙を頂いたようでどうもありがとうございます。湯沢さん経由でメールを頂き、ホームページを読ませて頂きました。せっかくの機会ですので、紙幅の関係で、十分に論旨を伝えられなかった部分もありますので、補足する意味で、メールを送らせて頂きます。

 まず「戦後改革を歴史的に評価する」というのが本書の基本テーマになっているものと思いますが、その中で、「連合国の「非軍事化」という目的が達成されたか否か」という点が中心に論じられているものと思います。さらに第8章で、財閥解体、農地改革、労働改革などが主に「非軍事化」目的で策定されたと強調しているわけです。第1章で、何をもって「戦後改革を歴史的に評価する」ことになるのかが明示されておらず、ただ三つの問いがあるとして羅列されているだけなので、議論の方向性は最初から必ずしも明瞭ではありません。しかし、読者としては、筆者が占領初期における「非軍事化」という目的が達成されたのか否かという点を強調しているので、「非軍事化」目的という視点に立てば、戦後改革の歴史的評価に関して何か新しい認識が得られるであろうと期待するわけです。
 ところが、本書を読み進めていく限り、「非軍事化」目的が占領初期の基本的な目的であることが明らかになることで、これまでにかなりの研究蓄積がなされてきた戦後改革について新しく何が明らかになるのかについてはかなり不明瞭です。突然、「非軍事化」が特権的に出てきて、そういう意味で、読者としてはかなりはぐらかされた気分になり、課題設定に何か問題があるのではないかという感じがしてくるわけです。
 第8章では、確かに、さまざまな改革が「非軍事化」の名の下に進められたということが明示されていますが、証拠として示されているのは、諸改革が「非軍事化」という基本ラベルのもとに一応の位置づけがなされ、それを一つの準拠にして行われた可能性が高いという事実、せいぜい初期の構想や改革の過程では「非軍事化」も考慮されていたという程度のものです。読者として知りたくなるのは、単に「非軍事化」というラベルのもとで各改革が進められただけなのか、あるいは諸改革が実質的に「非軍事化」という目的の影響を受けて行われたと言い得るのか、さらにもし「非軍事化」という目的やラベルの影響を受けたのだとすればそれがどのような効果をもったのか、というような点です。改革の過程に即して、「非軍事化」目的という要因の影響が極めて重要であるということが十分に説明されなければ、戦後の主要改革が「非軍事化」を目的に行われたと断じることはできないでしょう。後の議論の中心となっているのは、各改革が「非軍事化」という目的のための正当・合理的な手段であったのか否かという点です。正当性or合理性に関する議論は、それなりに価値があるものとは思いますが、各改革が行われる過程で、どの程度正当性や合理性に影響を受けたのかという議論をした場合に意味を持ってくるものと思われます。そのためには、正当性or合理性が実在したか否かという視点で理解する以上に、当時の改革立案に関係した人or日本人一般にどの程度の説得力を持ったかという視点で理解するべきなのではないでしょうか。占領初期の「非軍事化」目的を強調するのは一つの視点だとは思いますが、それを強調することで戦後改革の何が明らかになるのかが示されていないという点において、また、そうした方向には議論が進まず、「非軍事化」目的が達成されたのか否かという方向のみに向かって議論が進んでしまっている点をもって、ミスリーディングであると表現したわけです。
 さらに、「非軍事化」目的に関していえば、確かに、アメリカの戦略によって限定された「非軍事化」であると本の大半の部分では理解されています。しかし、第8章で、「非軍事化」目的が達成されたか否かを検討する際には、そうした理解が抜け落ちているように思います。議論されているのは、主に、アメリカによる「非軍事化」目的との改革の理由づけは正しいか否かという点です。この占領初期のアメリカの理由づけは、あまりにも一般的な「非軍事化」です。その後、露骨にアメリカの国益に従属させていく論理はまだ十分に現れていないものと思われます。したがって、そのようなアメリカの一般的な理由づけを真に受けて、「非軍事化」が達成されたか否かを問うのは、「非軍事化」がアメリカの戦略によって限定されていたことを無視した問いであると思われます。
 読者は、戦後改革の評価へ向けた議論の道筋が示されないままに「非軍事化」目的が強調されて主要テーマとなり、その「非軍事化」目的もアメリカの占領初期の一般的な理由づけに限られ、一般的な「非軍事化」目的の理由づけに限ってみても結論が出ない、という事態に直面してしまうわけです。議論の方向性がはっきりせずに混迷していると感じた所以です。
 「非軍事化」目的を中心に据えた上での戦後改革の歴史的評価ということであれば、やはり、「非軍事化」目的が実質的にあるいはラベルとして、各種改革を促進したのか、改革の障害となったのか、改革間の整合性を高めたのか、改革の定着に貢献したのか、などという問題設定を行うべきではないでしょうか。そうした問題設定は少なくとも明確に示されておらず、個別政策を論じた論文でもあまり感じられません。第8章は、正当性・合理性の議論までで終わっており、しかも十分な結論が出ないというのでは、やはりミスリーディングという印象が拭えないのではないかと思います。一般的にいって、さまざまな政策や改革に共通する一側面のみを取り出してきて、一つのロジックのみにしたがってまとめて理解しようとするのはかなり危険な試みで、よほど慎重に行わなければ、説得的な議論はできないものと思います。
 なお、私は本書について、三和さんが書いておられるような、刊行するに値しないなどという感想を抱いたことは全くなく、特に第2-7章については、それだけで十分に価値のあるものと思っております。書評では、著者名だけで十分に本書の価値が伝わっていると思い、これまでに三和さんが発表された論文にはなかった付加価値のついた部分を中心に批判一辺倒という感じになってしまいました。三和さん及び社会経済史学会には、書評を書くことを通じて、戦後改革について考察を深める機会を頂いたことを大変に感謝しております。
 私のレスポンスを三和さんのHPに載せるか否かのご判断はお任せ致しますが、今後も議論のお相手をして頂く機会があれば幸いです。