北京滞在記1月 その1

1月1日

 年賀メールを発送。多すぎたのか上手くいかないので、分けて送る。

 菊正宗でおとそ。恵子が苦労して作ったおせちと雑煮。

 書き初めの練習をする。王羲之から「知」と「足」。前に書いた「心」と「楽」も、練習し直す。大判の紙に「知足」と書く。半裁にして「知足心楽」。まあまあの出来だ。

 サンドイッチの昼食。

 凧揚げに出かける。人民大学前から356バスで万泉河方面に乗る。以前に見つけておいた公園を目指す。ガタガタバスで、エンストするのをなだめながら女運転手が運転する。乗客はどんどん降りて、最後の一人になる。どこまで乗るのかと訊かれても困る。もっと先だというが、分からない。凧糸巻きを見せると、納得したのか走り出す。車庫までいって、下車。万泉庄の中だが、公園はない。歩くと4環状線に出たので、東に向かう。右側に緑地が見えるので行ってみると、ゴルフ場でダメ。もう少し歩くと、空に凧が見えた。4環の北側だった。

 広い公園で、中ほどに池がある。氷っていて、みんなが滑りながら歩いて楽しんでいる。少し歩いてみるが、硬い氷で丈夫だ。

 脇の芝生で凧を組み立てる。風を見て揚げはじめると順調に糸が出る。北京の正月に龍が登る。ほかの凧を越えてどんどん登る。昼の月のそばに小さく龍が舞う。1kmの糸が全部出た。ほとんど見えなくなってしまったが、糸の手応えはしっかり有る。少し下ろそうと巻始めたとき、手応えが消えた。

 北京の手作り龍凧は、北京の青い空にさまよい出てしまった。風向きからすると、市内の中心方向に飛んでいったのだろう。糸だけを巻き取ると、かなり凧に近いところで切れている。なぜか、さっぱりした気分で帰途に就く。

 初風呂に入ってワイン。

 元日の新聞トップは、胡主席の新年メッセージ。小康社会の建設と持続可能な発展が2004年の第一の課題と。社会面では、アンケート調査の結果。1万5000人を対象とした調査で、改革開放によって誰が一番利益を得たかという質問に、60%近くが、政府官僚と回答した。政府官僚は、毛沢東時代から優遇されていて、改革後に特段に待遇が良くなったわけではないから、この結果は、政府官僚が給与以外に賄賂などで富裕化することへの庶民の批判を含んでいると分析している。1970年代後期以来、3人目の処刑者が政府幹部から出るような事態ばかりでなく、ごく身近な経験が庶民意識を強く規定しているのだろう。

 共同利用室の守屋先生の新年会に、恵子のおせちを届ける。お返しに、手作りワンタンを頂いた。

 夕食はパエリャ。恵子のパエリャは初めて食べたが、案外美味しい。

 天安門での凧揚げもしたいので、残りの材料で、簡単なゲイラタイプの凧を作る。明日、字を書こう。

 

1月2日

 今日も晴天。雑煮の朝食。

 新聞はトップで小泉首相の靖国神社参拝批判。王副外相の参詣を批判する談話を報道しながら、韓国の反応、野党の反応を紹介している。信念の強いところを見せようというパフォーマンスだろうが、外交能力の欠如を示すだけだ。経済関係の深まりと外交関係の冷たさは、奇妙なコントラストだ。いくらODAを積んでも、チチハル毒ガス事故の補償をしても、仏作って魂入れずになる。

 帰国留学生が増え続けている記事。広州市の第6回海外人材交流会には、初回よりも10倍の3500人の留学生が参加した。北京ではこれまでに5000人が帰国して2000以上のベンチャーを中関村周辺で立ち上げ、上海でも2450企業が帰国留学生によって経営されている。政府の優遇政策が奏功しているようだ。

 中小企業奨励の記事。中小企業振興は、雇用対策としても、また農村部の向上にも有効であるので、2003年1月から、中小企業振興法が施行され、信用保証機関の新設など金融面での措置に、政府は力を入れている。これまでに、58万人の雇用を創出したとされる。

 2時頃から、みんなで新年会。恵子と元の手作りおせちを中心に、それぞれのお料理を、材料を持ってきて作ってくれる。野菜と肉炒め、粉から練って作った餃子。餃子の作り方も、個性がある。小さくて可愛いのとか、大きくて太っているとか。

  ZXさんが「縁」と書き初め。良い字だ。ほかの皆さんは筆は取らないらしい。LYさんに「楽」と書いてあげる。凧には「知」。

  ZYさんが、足を捻ったので病院に行く。たいしたことはなく、後から参加。楽しい北京の新年会だった。CDラジカセとCDを社会研究室にプレゼントした。

 

1月3日

 9時ころ燕山大酒店に昨日北京に着いた辻康吾氏を訪ねる。ここでの見聞について話すと、やはり、もっと深い奥があることが判った。たとえば、死刑囚から腎臓移植を受ける予定の人が、手術予定日つまり死刑執行日に発熱したので、死刑を2週間延期したという話をする。辻氏にいわせると、それは普通のことで、死刑囚を買い戻すこともできるという。死刑判決を受けた人物が、翌日、にこにこしながら街を歩いていることがあっても不思議ではない。日本の女性実業家が、中国につくった若い燕が、汚職に連坐して終身刑になったときに、金を払って20年の禁固にしてもらった。そして、監獄の敷地に一軒家を建てて、同棲できるようにしたという話。

 腐敗で死刑判決をうけた上級幹部は、権力闘争に敗れた結果であって、負け犬は叩かれるが、勝っている内は大丈夫というのが庶民の感覚。

 建築労働者の賃金未払いに関しては、某市の裁判所が新しい建物を建てたが、資金不足になって建築費を払わなかったので、建築業者が提訴したら、その裁判所は訴訟を受け付けなかった話。上級裁判所に提訴しても棄却されてしまったという。

 農村の貧困状態に農民はよく耐えていると話したら、耐えずに反抗する事件は頻発しているのが現状で、報道されないだけとのこと。そして、中国社会科学院農村社会研究所の所員が書いた、湖南省の農村に黒悪組織があって権力支配の一翼を担っているという論文を見せてくれた。ヤクザのような結社があって、農民からの上納金の取り立てをしたり、反抗する農民を暴力的に弾圧したりするという。地方幹部が組織の一員の場合もあるらしい。密航斡旋のヤクザ、蛇頭の話は有名だが、地方組織にヤクザがかかわっているとは驚きだ。

 新聞を読んでいるだけでは判らない部分が多いらしい。

 清華大学人文社会科学院院長の李強教授、李平・易友人先生ご夫妻、北京朗創光電科技有限公司社長の馬承東氏、Salsys中国事業推進部の荘英甫氏とホテルのレストランで昼食。中国語の会話で、判らないが、政治問題などを論じているようだ。辻氏の解説によると、毛沢東の評価、現執行部の評価など、極めて率直に語り合っている。日本の賠償問題では、新中国が中華民国を継承する国家ではなく新しい中華人民共和国として建国されたところに問題がある。このため、蒋介石の中華民国と日本の条約で無賠償が確定され、新中国の請求権が法的になくなった。日中国交回復の際に、日本側はこの論理で中国側の賠償支払い要請を拒否した。周総理はこの論理を主張する条約局長を「法匪」と批判したが、結局、無賠償を認めた。これは、当時、中ソ関係が悪化していたという事情の産物だった。

 ジャーナリズムでは報道されないが、一般社会では、活発に政治批判が行われているようだ。前から、中国は口コミ社会だとは感じていたが、やはりそうなのだ。会話が判らないと、この国は判らないということだ。アワビの丸煮など豪華な昼食で、李教授にご馳走になってしまった。李教授が来日したときに辻氏が接待した返礼の宴に便乗したらしい。

 辻氏のお土産のバッテラをもらって帰宅。

 夕食は、ご飯と海苔でさっぱりと。

 

1月4日

 このところ、冷たい空気で咳がでるから散歩はサボり。李強先生に『概説日本経済史』を郵送する。11時過ぎに張淑英先生が迎えにきてくださって、地安門大街の巴国布衣風味酒楼へ。中国銀行本店人事部副部長のご主人と会食。ご主人ご持参の長城ワインで乾杯。タウナギとシシトウの炒め、鶏のエッセンスを卵白でハンペン状に固めたもの、沢山のキノコのスープ、スナック豌豆炒め、ギンナンと青梗菜の傷め、餃子、清湯面など。

 中国銀行の株式公開問題、不良債権処理問題、BIS規制問題、人民元問題、住宅金融問題などを伺う。住宅金融は新しい個人ローン分野で、売買価格の70%5.7%で、有担保で貸し付けている。70%は大きい方で、普通の商業銀行は50%とのこと。住宅価格は、北京オリンピックまでは上昇するだろうが、中央政府もバブルには警戒して、人民銀行は商業銀行の住宅建築資金融資を制限する通達を出した。

 株式公開には、自己資本比率の向上、債権処理の積立金の充実、不良債権処理、コーポレート・ガバナンスの整備の4条件をクリアする必要がある。時期は、来年が予定されているが、実行されるかどうかはまだ判らない。4大銀行が一斉にということにはならないだろう。中国建設銀行の不良債権比率が中国銀行より低いという数字には疑問がある。

 人民元は、今のドル・ペッグから、数種の通貨バスケット方式に代わって小幅に切り上げられるだろうが、時期は不明。

 張先生から、中日経済研究センターの特別高級研究員就任のお誘いがあったのでお受けした。伊丹敬之氏の本の翻訳についての質問に答える。「水戸黄門の葵の印籠」など、たしかに中国人には判らないだろう。

 店を出るときに、シンコ細工のように、うどん粉で鳥を形作って色を塗る細工をしている人が居て、作品をひとつくれた。2羽の小鳥が止まり木に止まっている可愛いもの。

 お別れしてから、持参の凧を揚げに天安門へ。ところが少しも風が無く、ひとつも凧は揚がっていないので諦めて帰る。天安門デビューは出来そうにない。

 一休みしてから、李先生と待ち合わせのイケヤに行く。ご主人も一緒に迎えにきてくださる。歩いてご自宅に。元が内装を見学して、模様入り磨りガラスや南洋材の床板に感心。ガラスは100元台と伺って、今度訪中したときに日本に送りたいと言い出す。送料がどのくらいかかるものやら。

 餃子作りの道具などを頂いて、海鮮料理店へ。北京大連漁夫で、生き魚がある。いろいろ注文していただく。まずは、当店特製の温かい豆乳。ビールと紹興酒。紹興酒はビンからポットに移して生姜の千切りを入れて温める。生姜の味と香りが付いて初めての味だ。前菜は、タコの千切りのからから揚げとキャベツのサラダ。当店特製の豆腐。堅めの木綿豆腐を温めて醤をかけて食べる。フカヒレのスープは、濃厚な鶏などのスープで煮込んだもので、しっかりした味わい。紅色の酢を入れるとマイルドな味に変わる。アワビは一人ひとつの煮込み。移動式コンロを室内に持ち込んで、調理済みのアワビを、目の前でスープで煮込む。甘じょっぱい味付け。後からご飯を入れてスープを食べる。エビの塩茹でと唐揚げ。鶏の唐揚げ。スープで煮込んだ鶏を唐揚げにするという手間のかかった料理。ギンナン・松の実・百合根の炒め。フルーツ。中華料理を堪能した充実感を味わった。再会を約してお別れ。

 賓館のスーパーでアイスクリームを買って帰室。

 

1月5日

 昨日の新聞では広州市の患者はSARSの可能性が大きいようだ。流行することはないだろう。今日の新聞では、患者のアパートのネズミからもコロナビールスが検出されたので、感染経路のひとつとして追跡調査されているという。トップは政府情報の発表方法を改善するという記事。隣は、火星探査機の写真。

 小トピック欄には、各地の話題。北京の銀行警備員が、600元の月給では苦しいので夜は泥棒になる話し。北京で賃金未払いの労働者が支払い請求にいった会社の前で変死した事件。山西省で中学生が小遣いほしさに送電鉄塔のボルトを外したら鉄塔が倒れて大停電が起こった話。重慶で腎臓に効くという民間療法でネズミの尿を呑んでいた女性が細菌性肺気腫になった話。麻薬密売で5年の禁固刑になった男性がHIV患者である理由で保釈中に、またヘロイン382gを所持して逮捕され処刑された話。中国南西部に住む住民の5人に4人は汚染された水を飲用していて、55%の住民は強い汚染度の水を飲んでいるという報告。湖南省の女性警察署長が、犯人の家族から2001年5月から12月の間に28万元を収賄して15年の禁固に処された話。まあ、暗い世相だ。

 11時半に楊先生と沈先生がお別れに来てくださる。天外天で昼食。いろいろ中国事情をうかがう。農民の経済状態の向上には負担の軽減が必要で、税と費、つまり国税と地方費負担のうち、地方費賦課を禁止して税に一本化する方向にある。村・郷の公務員の給料は、従来、費から支出されていたが、税からの支出に切り替えている。地方都市では農民が都市戸籍を取るのは簡単になったが、戸籍を移すと農地使用の権利が失われるので、転籍を好まない農民も多い。零細農耕の非効率を解消するために、兼業農家による農地使用権の貸し出しも行われている。

 幹部腐敗の問題は深刻で、なかなか法治国家には至らない。大学の法学部が中国では弱体なのは、法曹家の発言力の弱さを反映している。既存の権力が強い場合には、法的な権利主張よりも、権力者への接近の方が問題解決の早道になってしまう。などなど。

 日本研究院には9月から経済系の院生も入学するので、秋に講義をすることを約束してお別れ。

  5:40、迎えのバスで送迎会へ。蜀都紅で、北京外国語大学が、センターの日本派遣教員を慰労してくれた。副学長が小泉靖国参拝を批判しながらの辛口挨拶。離任者を代表してご挨拶。「縁」を続けて日中友好に役立ちたいと感謝表明。周先生・宋先生ともお別れの挨拶ができて良かった。

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