北京滞在記10月 その4

10月16日

 朝刊一面は、中国初の有人宇宙飛行の記事で埋まっている。朝のテレビは、内モンゴルに無事帰還したことを報じた。長征ロケットの性能はすでに証明されていたが、有人飛行をソ連技術を下敷きに独自で実現したことは、やはり高く評価できる。もちろん、単なる地球周回が、現時点の宇宙開発でどれほどの意味があるかは問題だが、内外の政治状況に与えるインパクトは大きい。中国の存在感が高まり、経済成長を続ける中国人の自信が深まることは確かだ。テレビのインタビューで、これは中国の軍事力強化に大きく寄与するだろうと発言した若者がいた。米ソとの軍事力格差を意識しての発言だろう。中国のアメリカ脅威論は、かなり根深いようだ。

 午前中の授業は、日本の高度経済成長テーマに、資本主義の成長体質、戦前日本の成長要因、戦後の高度成長の内外要因と得失を話した。軽武装国家であることが資金・資源の民生部門への投入拡大を可能にしたことを説明しながら、中国の宇宙開発への投資や軍事費に触れて、そのプラスとマイナスを指摘した。公害問題についての質問には、マイナスの生産物をも対象とする新しい経済学が必要なこと、個々の発生源が確定できる公害への対応は可能だが、二酸化炭素のような広汎な環境破壊物質の発生を抑制することは京都議定書発効がのびのびになっていることが示すように難しいこと、日本の企業が環境問題バランスシートを公表し始めたことなどを話す。

 午後は、新聞を読んでから、読みかけの陳舜臣『北京の旅』を枕に昼寝。新聞に、北京の新しい飼犬規則による登録1号犬の写真がでている。初年度1000元(旧制度では5000元)次年度以降500元(旧2000元)と登録料が安くなったが、まだ高いからペットは贅沢品だ。カラー写真で、飼い主がポメラニアンらしい愛犬と、登録カードを持って写っている。登録カードは愛犬の写真入りの立派なプラスティック製のもの。

 『北京の旅』は大変面白い。歴史物の作家だけに、故事来歴を生き生きと描写しながらの名所説明はとても良い。明最後の皇帝が、景山で縊死したくだりまで読んだが、明を滅ぼしたのが清ではなく、運輸人夫あがりの李自成が率いる反乱軍であることは迂闊にも知らなかった。その李軍を壊滅させたのが、ヌルハチが建国した満州軍と手を結んだ明の将軍呉三桂で、呉は北京に残した愛人、蘇州美人の陳円円を李軍に奪われたので発憤したという。美女円円なかりせば、清建国はどうなったのか。

 夕方、利客隆に天ぷら材料を買いだし。えび、甲イカ、マナガツオ、ニンジン、春菊などを仕入れる。夕暮れが早くなって、6時には薄暮と夕焼け。マナガツオまでは箸が回らず、唐揚げで保存。ここの魚料理の揚げ物は、軽い揚げ方なので小骨までは食べられない。日本の中華料理でおなじみの鯉の唐揚げにはお目にかかれない。客に生きた魚を見せてから調理する場合が多いから、時間を掛けて唐揚げにすることはできないのだろう。

 

10月17日

 朝、理工大の市場へ。壺焼き餅、揚げ餅、小包子、カリフラワー、インゲンを購入。ゆっくり朝食。朝刊1面は、宇宙飛行士帰還の記事。小学3年の息子の写真も載っている。

  易先生から電話。11月は、10日(月)に日本の社会問題について人民大で話すことを約束。

 午前中、ホテル内の理髪店で散髪。道具を持ってくるのを忘れたので、恵子にやってもらえないから、何十年ぶりかの床屋。鋏でカットしてから、電気バリカンを微妙に使って仕上げる。ひげ剃りは遠慮して10元。専家料金で半額だから正規には20元だ。街では5元くらいだからホテルは高い。昼は、恵子の炒醤面。乾麺を使ったのでツルツルしすぎて少し不具合。

 1:40の車でセンターへ。1・2年生に技術革新を話す。農業革命・産業革命・情報革命を概観して、戦前日本の技術革新、戦後の技術革新を説明。日本が外資の直接投資を排除する方針を取ったことについての質問があるのは、現代中国の開放路線との関係で当然だ。明治政府の外資排除、戦後の外資規制と現代中国の資本規制の対比を説明した。改革を進める上で開放路線は適合的だが、外資の進出にはマイナスの側面が伴うことも指摘。

 考えてみると、これはなかなか難しい問題だ。21世紀、グローバリズム時代の外資の功罪については、理論的にも未解明なところが多い。短期資金の国際移動が、一国の経済混乱を引き起こし周辺地域へ悪影響を及ぼすことはアジア通貨危機で実証済みだが、長期の資本投入、直接事業投資については、発展途上国の成長促進要因としてプラスの評価が一般的だ。かつては、自国資本による工業化保護が政策目標となって外資進出抑制が図られたわけだが、現代では、自国資本へのこだわりが薄くなったようだ。開発独裁体制の場合、合弁期間満了後の自国資本化が可能だから、当面は外資規制はしないという姿勢なのかもしれない。

 教員室で、元がホームページ更新、加藤・田野論文のプリントアウト。

 外国語大学の正門で恵子と待ち合わせて、みんなで新徽系家常菜へ。帰国して修士論文の提出が終わった3年生4人を交えての夕食会。育児ネットワークの論文を書いたZWさんは2歳半の坊やを連れてきた。安徽料理の店だが、安徽省出身の1年生のZYさんも、安徽料理というジャンルがあることを自覚していない。なにが特徴的なのか分からないままに、みなが食べたいものを注文して15人+坊やの饗宴。

 提出修士論文の話題からこれから書く論文テーマ、中国史の挿話などで賑やかな会食。さすがに陳円円の話はみな知っていた。料理はあまり辛くなくて美味しかった。ビールも入れて680元は安い。

 

10月18日

 8時に李先生が迎えにきてくれたが、恵子は咳が止まらないのでパス。タクシーで清華大学西門前の出発地点へ。在留日学人活動站処公室、つまり日本への留学経験者の組織が、秋の活動として、潭柘寺訪問を企画したのに参加。受付で参加費20元を払って、水と案内地図をもらってバスに乗る。大型バス4台、100名を越える団体が出発。

 四環路から航天橋で阜石路に入る。郊外アパート団地が拡がり、アメリカ風のショッピング・センターもある。まだ早い時間だが、自家用車が並んでいる。道路の並木は、槐(えんじゅ)と白楊。りんご、ももなどの果樹園も見える。婚礼の自動車の列が幾組も走っている。先頭車にはボンネットやルーフに薔薇の花を飾り付け、後続車は窓から風船を出している。今日は18日で、8の数字は縁起が良いことになっているようだ。

 製鉄所と発電所のある町を抜けると山地に入る。のろのろの重量トラックを追い越しながら、曲がりくねった山路を走る。ハゼウルシの紅葉が点在して、アカシア・クヌギ類の黄葉とともに山を秋色に彩っている。紅葉は少ないが、信州の山路をドライブしているようだ。

 戒台寺を過ぎてさらに奥に潭柘寺があった。駐車場から岩舗装の小道を登る。道端ではクルミ・干し棗・クコの実、桃の数珠などを売る露店がならび、物乞いも混じる。山門をくぐって入山。参殿の脇で、世話役の李賛東農大教授の司会で小集会。日本人参加者の紹介があって、斎藤法雄大使館領事部長が挨拶。案内人から、潭柘寺の来歴・見どころの説明があり、要点は李先生が話してくれた。お弁当をもらって、境内のベンチで昼食。

 左右に1対ずつのサラ樹と銀杏がある。晋代の建立以来の樹齢1000年を越える古樹で、サラ双樹は、中国北部で最大のもの、銀杏は、乾隆帝が「帝王樹」と名付けた巨木。青天に豊かな枝葉を広げるすばらしい貫禄だ。サラ樹は、日本で言われるナツツバキとは違う木だ。

 山腹の傾斜地に並ぶ伽藍を巡る。清代の改修だから、仏像は金ぴかで面白味はない。建物や古風な舎利塔は趣がある。石の魚鐸がある。黒い石で、案内人は隕石と説明したが、巾が1m近くある扁平の魚だからちょっと疑問。病癒しの効果があるというので、賽銭を入れて石魚をなぜる人が多い。

 境内の竹林には、緑と黄のコントラストが鮮やかな幹を持つ2種の竹が植えられている。色具合が逆の2種で、「金○【金偏に嬢の旁】玉竹 Green Tinged Golden Bamboo」「玉○金竹 Golden Tinged Green Bamboo」と名付けられている。ボタンやシャクヤク、楊貴妃好みのカイドウの古木も多い。

 四阿屋のなかに石を彫り込んで迷路風の水路を作って水を流している。南から見ると龍、北から見ると虎の模様になっていて、水に小銭を浮かべるとゆっくり流れる。李先生が試みたが失敗。寺の名前の由来になっている龍潭への小道を登るが、かなり遠いらしいので、途中で諦める。山道でも露店が出ていて、小鳥を篭に入れて売っている。放鳥による功徳のためではなく飼い鳥のようだ。雲雀に似た小鳥やカラの仲間で、野鳥だ。広葉樹の林でカエデもあるが、数は少ない。紅葉は、丸い葉の小灌木。

 門前には、寺名のもうひとつの由来の柘の木がある。北京ウオーカーではヤマグワと紹介されていたが、日本のヤマグワとは異なる。蚕も食べるようだが、皮に薬効があって不妊症に効いたり、染料としては皇帝の衣を染める黄色に使われると説明が書いてある。かつては周囲に沢山生えていたのが、この用途のためか無くなって、今では四本ほどしかない。

 駐車場から見上げると、前の山に樹木を切り払った帯状の縦スジが入っている。延焼防止の防火帯らしい。乾燥の厳しいところで文化財を保護する措置だ。文化財といっても、この寺は僧侶のいる宗教施設で博物館ではない。

 3時に帰途につく。山中の野柿は葉を落として赤い実だけを残している。日本の田舎の秋そっくりの風情だ。車中で中国の公文書整理の現状について李先生から話を聞く。中央、省市、県のレベルに○【手偏に当】案館があって、規則に従って文書保管が行われている。日本では情報公開法制定後、残しておくと公開しなければならないので、省庁文書の廃棄が加速されて現代史資料の保存状況が悪化したと話すと、中国では、文書破棄には罰則が設けられているとのこと。

 出発点から友誼賓館までタクシーを拾い、門前に駐輪していた自転車(中国では自行車)に乗って帰宅される李先生とお別れ。ご自宅までは40分ほどの道のりとのこと。今日のご案内に深謝。

 マナガツオの唐揚げ、焼き若鶏などで夕食。

 

10月19日

  野菜がないので双楡樹早市に買いだし散歩。ジャガイモ、ニンジン、タマネギ、長ネギ、カリフラワー、インゲン、枝豆、梨、分からない野菜、手打ちウドンで15元、帰りに成都小吃で小包子2篭6元。

 散歩途中で、銀行から現金を運び出す作業を見かける。現金輸送車を、3人の武装ガードマンが囲んでいる。大口径の銃、たぶん催涙弾発射銃、を構えてのものものしい警備。これなら強盗はできそうにない。

 ホテルの中では、ギンナン落としを大がかりにやっている。植え込みのうえに布を広げて、棒で落としたり、木登りをして揺すったりする。市場ではギンナンは見かけないが、そのうち出回るのかもしれない。

 日曜日で新聞はこないので、昨日のを読む。一面トップは宇宙飛行士だが、全面ではない。中国の経済成長の記事では、今年第3四半期までの8.5%成長は安定していて、年率7%程度の成長は2020年までは続けられるとの国家統計部副部長の発言を紹介。根拠は明示されていなかった。SARSの一面記事は、数例の発症はあっても流行することはないとの専門家の見解を紹介。

 他面は、北京の交通渋滞問題。パークアンドライドの提案もあるが、やはり駐車場が大問題。露天の駐車場で月150元、地下で350元でも、余裕はなくなってきている。公共輸送機関の充実が最大課題という。中国銀行の猿【獣偏とる】さんも、ジェッタを持っているが、最近は、地下鉄を利用すると言っていた。早めに通勤して、朝食を銀行で採るのが効率的とか。銀行食堂は朝昼晩3食のサービスをしているようだ。写真入り記事のひとつは、ブッシュ訪日に際しての新日本婦人の会などのイラク戦争反対デモ。

 出版会の本のことで加藤氏に相談のメール。昼食は、ザル・ウドン。

 午後、元とバスで中関村路に。北京のシリコンバレーといわれる通りだが、ここはさほど賑やかではない。白石路沿いの電脳スーパーなどは超満員で、ちょっと入ったがすぐに退散。ぶらぶら歩いて海淀区バス停あたりでソフト店に入る。指輪物語のDVDなどを買う。@15元の8掛け。

 利客隆まで歩いて、中国シャンペン、ワイン、ビールを2階で買ってから、1階で、焼き鳩、焼きスペアリブ、湯葉の煮物、薄切り牛肉、卵、牛乳などを購入、153元。かなりの重量で、急いで帰る。

 南開大学の講義レジュメを作成。3回講義として、「資本主義はなぜ速く成長するか」を第1回にする。あとは、「資本主義の新段階」、「日本資本主義はどこへ行く」と続ける予定。

 夕食の牛肉炒めはやはり堅い。肥育牛なのだろうが、問題がある。鳩は少し焼きすぎ。

 

10月20日

 昨夜の雨もあがって晴天。双楡樹早市に散歩。キャベツ、トマト、マッシュルーム、包子を買う(合計10元)。国慶節向けに飾られていた鉢植えは、まだ元気な鉢を残して片付けられている。水をやればもっと保ったと思われるが、花壇の潅水のような手間は掛けないから、枯れてしまう。花壇の水は再生水で飲用不可と書いてある。今年は雨が多かったから良いが、北京も水不足都市だ。

 朝刊トップは胡主席とブッシュ大統領の会談の記事。見出しは「アメリカはひとつの中国を支持し続ける」で、日本の報道が北朝鮮問題と人民元切り上げに力点を置いているのとは異なった仕方の取り上げ方だ。もちろん人民元の安定性を強調する胡主席の発言も報道しているが、第1の関心はやはり台湾問題なのだ。一面下には日本政府が毒ガス被害に3億円を支払うとの記事。かならずしも好意的な扱いではなく、残留ガス弾の早期処理を強く求める論調だ。

 出版会へのメールを書いて、まず加藤氏に送って読んでもらう。

 ルフトハンザのデパート、燕莎友誼商城へ出かける。前にあった両面刺繍のパンダが売場ごと無くなっているので目論見は外れた。ボヘミア・グラスのセットが買ったときより値下げされているのでショック。チーズを買って、イケアに向かう。アメリカ店と同様の売場配置だが、品数は少ない感じだ。センスの良い商品が並んでいる。ここの目当てはスモークサーモン。外人専家招待会のとき、バスの中であそこにはスエーデン料理があると聞いたので、食べられるものと期待したわけ。ところが、これも当てはずれで、スエーデン料理は肉団子程度。コルクの鍋敷きを買って引き揚げる。

 鼓楼へ行って、前にある馬凱餐庁で昼食。「北京日本人会だより」にB級グルメの店として紹介されていたところ。看板料理の東安鶏、狗肉料理、金瓜百合、ビーフンとビール。東安鶏は、鶏肉の切り身を糸切りの野菜と炒めて酢味をつけたもので、すこし辛いがさっぱりしていて美味しい。狗肉は、これまで亡き愛犬たちに遠慮して口にしなかったが、元が食べようと言うので注文した。かなり臭みとクセのある味で、箸は進まない。やはり、犬は可愛がるもので食べるものではない。支払いは84元。

 胡同を歩いて前海のほとりを周り景山裏まで歩くが、公園の入口は遠そうなのでタクシーで帰還。

 加藤氏の同意が得られたので出版会にメールを送る。明日の列車の切符を買ってきて、南開大学に、到着予定と講義レジュメを送る。

 夕食の買い物は、人民大学西門前の城郷超市に行く。おいしい湯葉の煮物、エビ、そら豆、煮大豆。日本人はエビが好きだといわれるが、中国人もかなりのエビ好きだ。中くらいのエビ20数匹で15元だからここの価格水準から見ても安い。双楡樹早市でも、生きてはね回るエビを路上で売っている。エビとそら豆の炒めは美味しかった。

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