北京滞在記11月 その6

11月26日

  朝起きると雪が積もっている。散歩に出ると、はじめての南開大学雪景色がきれいだ。「我是愛南開的」の石碑ではレリーフの周恩来さんの眉毛に雪が積もっている。幼稚園に子供を送りに来る自家用車の数が増えたような気がする。

 早めに日本学研究院にいくと楊先生がバイクで出勤。先生ご自慢の前庭庭園を背景に写真を撮る。敦煌で購入した模写の軸仕立てを陳先生にお願いする。一緒に、院長室に進呈する飛天の絵の額縁の調達もお願い。

 9時から講義「資本主義の新しい段階」。発展段階論の研究史を話した上で、共同体・社会的余剰・再生産調整機構の3位相から歴史社会の経済的構成を区分する方法を、資本主義の発展段階区分に適用する仮説を語る。楊先生から段階区分の日本への適用の問題などの質問。おおざっぱな時期区分を描いてみる。話に時間をかけすぎて院生諸君との質疑時間が少なかったので、次回に回す。

 楊先生夫妻・王・宋・趙・劉先生と昼食。驚いたことに、王先生を除く4先生が皆さん新しいマンションを購入したという。楊先生の200平方メートル(共用部分を含む)をはじめとして160平方メートル以上の広い分譲マンションで、来年早々に完成する予定。内装は別にやるので、皆さんその話で持ちきり。趙先生は日本間を作る予定。沈先生のように材料一切自己調達では仕事と両立しないので、基本的な設備・材料は揃えて、あとは業者に任せるらしい。最近は、内装済みの分譲もあるようようだが、まだ、少ないとのこと。自分の好みの内装ができるのは楽しそうだ。

 皆さんおそろいの購買行動は、広いスペースを求めるというほかに、将来値上がりすると入手が困難になるという見通しがあるためらしい。当今の住宅ブームで、天津でも値上がり傾向が続いているから、今が買い時なのだろう。資金の50%ほどは銀行ローンで、年利は4%程度。返済が月給分近くになるから、奥さんの給与で生活することになるとか。転居後、現在の住宅を賃貸すれば余裕は出るだろうが。

 天津駅で狗不理包子と天津菓子を購入。暮れなずむ雪景色を楽しみながら北京へ。地下鉄で西直門、タクシーで帰宅。ふたりは、前門に買い物に行ってから、中国風景画のジグソーパズルに熱中。

 豚肉水炊き鍋で夕食。

 

11月27日

 オートミールを食べて出勤。1・2年生にバブルの崩壊を話す。景気循環論からはじめて宇野恐慌論を説明、すこしバブルの歴史事例を紹介して、日本のバブル崩壊とその後の長期停滞をスケッチ。労働力商品の特殊性についての質問。資本は相対的過剰人口までは創れるが、人口の絶対数は増加させられないことを説明。ペイオフについても解説。

 10:10の送迎車で帰宅。小雪がちらついている。ジグソーパズルは完成していたが、3ピース足りない。発売元情報はないから請求はできない。手作りするほかないとの結論。

 包子の昼食後、センターへ。日本学総合講座の「法制史研究に見える中日研究スタイルの違い」を聴講。センター専任講師の張彦麗さんはセンター出身で人民大学で法学博士号を取得したひと。黄宗智(アメリカ籍、UCLA教授)、梁治平(人民大学教授)、滋賀秀三(東大名誉教授)、寺田浩明(京大教授)の法制史研究のスタイルを比較紹介。清朝中国には「法」があるのか、民事裁判があったのか調停だったのかという論点をめぐる論争から、西欧法社会を基準とする法制分析の限界、新しい分析視角の必要性を講演。講演途中で、中国のことを中国語を使わずに語ることに限界を感じると独白。

 また一言をやる。独白について、ドイツ法制史の創設者サビニーが、法は言語と同じく民族の文化歴史的産物と言っていることを紹介して、中国法制を日本語で語ることの困難性に同情。コン・リーの「秋菊…記」を引きながら、裁判か調停かの問題を質問。日本の小作争議調停法は、民衆を、裁判という国家の聖域から遠ざける「支配」の意図を持っていたことを紹介して、調停という紛争解決法にも、ゲノッセンシャフト内の処理方法という面以外に、ヘルシャフト的側面もあると指摘。そのうえで、「秋菊…記」の解釈の仕方を訊ねた。清朝にいたる調停という中国伝統が、あの映画にも描かれているという答え。

 これはちょっと納得しにくい。たしかに、調停の伝統はあろうが、封建社会の調停と社会主義社会の調停とを短絡させては、歴史が見えなくなる。時間があれば論争したいところだが、見送り。

 清水さんのお嬢さん達とバスで帰宅。外国語大学の小学校で元気に勉強している。運転手の周さんに「サイチェン」と言ったら、お嬢ちゃんに「ザイチアン」だとしかられた。なるほど、「再見」はzaijianだ。子どもの言葉の習得能力は素晴らしい。滞在中に多少は中国語を習おうと思っていたが、いまやあきらめ。

 寒くて買い出しに行きたくないのであり合わせの夕食。食料ストックが底をついてきた。

 

11月28日

 双楡樹早市に買い出し。賓館の白楊はほとんど葉を落とした。街の槐もわずかの葉を残すだけになり、植え込みのバラは切りつめられて上に土盛りして冬籠もりだ。空気も冷たく、帽子の耳当てを下ろして歩く。この帽子、フェイク毛皮だが暖かい。楊先生には、最近は東北でもその帽子は流行っていないと笑われたが、実用的だ。薄着でかぶっていたら、畔上さんには、頭だけ暖かければ大丈夫なのですかと訊かれて困ったが、ここでも老人がかぶっているのを見かけるから、まあいいだろう。

 ジャガイモ、ニンジン、タマネギなどなど基礎的野菜を担いで帰る。目方の割りに実に安い。日本ではみかけない柑橘類、しいていえば小夏を少し大きくしたようなものを買った。内皮や白い繊維部分は似ていないが、房の味は、上品な甘味で似ている。

 朝食は、双楡樹早市の表通りで買った肉挟み餅(@2元)、甘栗屋の隣の店で買った目玉焼き挟み餅(@1.5元)。豚角煮を香菜と一緒にみじん切りにしたものを挟んだ餅は、ほうぼうで試したが、ここの店のは美味しかった。丸太を輪切りにした中国まな板の中央が凹んだ上でみじん切りにするので、衛生上の疑念も感じるが、これまで問題はなかった。昔語りの中国の蠅は、そうとう徹底的にやられたらしく、めったに飛んでいないから大丈夫かもしれない。それでも、街角でおばあさんがトロ箱に入れて売っている挟み餅には、ちょっと手が出ない。バス停のそばで店開きしているので、通勤途中の若い男女が買って、そばに置いてあるプラスティック容器から漬け物を箸でつまみ出して挟んで食べている。美味しいのかなとは思うが。

 新聞は、台湾で国民投票法が修正されて可決された記事がトップ。独立や憲法改正については、外部からの圧力があった場合を除いて、レファレンダムの対象にはしないという制約を付けた法だ。政府の意向とは異なる結果で、台湾にも理性的な考えの立法者がいると、ひとまず評価する中国識者の発言が載っている。

 テレビでコンドームの広告が許可されたという記事。いつかは、性関係の研究展示会が初日に中止になったという記事があったから、すこし自由化されたのかと思ったら、AIDS対策が主旨とのこと。街の成人衛生ショップにはかなり際どいものが並んでいるし、ヌード写真集も公然と販売されてはいるが、一般的には、性はまだタブーの世界らしい。

 ざるうどんの昼食後、元たちはビザをもらいがてら買い物に出かけた。

 原稿を書き続ける。そろそろ100枚くらいになるが、もう少し書くことは残っている。

 元のビザは無事更新された。前のビザがキャンセルされて、新しいマルチのFビザが発行された。これには、一回の滞在期間を書く欄がないから、有効期間中なら、無制限の自由な出入国が可能だ。発行料金は125元。料金は国籍によってことなり、非対等国は100元、その他、国によって85元から300元くらいで、日米は同じなど、不思議な格差になっているという。このビザ手続きを旅行代理店などに頼むとなんと1680元取られるらしい。

 精進揚げで夕食。

 

 

11月29日

 また双楡樹早市に出かける。カリフラワー、葉菜、長い青唐、ピーナッツ、うどんを買ってから、パン屋でブドウパンを仕入れる。南開大学の専家楼食堂で食べた巨大なシシトウが美味しかったので買ってみた。炒めると、かなり辛いが美味しい。日本の甘長を大きくしたような青唐辛子だ。辛みというのは、味覚ではなく痛覚だというが、味ではある。ほどほどの痛感は快感ということか?

 新聞は、昨日の台湾のレファレンダム法の危険性を批判する記事がトップ。つまり、いざ併合と中国が動いたときには独立投票ができるところが危険だということ。陳政権は、行動を制約されはしたものの、ある種の防御壁を作ることには成功したわけだ。

 政府と共産党が発行する新聞・雑誌の購買強制が廃止されるという記事。すでに制定された規則によって、政府・党関係の新聞2000紙以上と雑誌9000誌以上が強制講読対象から外される。地方の村や町が、購入強制によって支払う購読料は、職員一人の数ヶ月分の給料に匹敵する額にのぼったから、負担が軽減されるという。刊行・出版物にも市場原理を導入する措置だ。

 昼は、恵子のチャージャン麺。

 原稿を書くが、持ってきた資料では足りない部分が出てきた。校正で手直しすることにして書き続ける。

 恵子たちは城郷スーパーに買い物。火にかけたら割れてしまったガラス・ポットの補充など。

 夕食は、手作り餃子、ただし皮は市販品。賓館内のスーパーで、燕京ビールを買ってくる。すぐ前だから便利だが、すこし高いのが問題。外のスーパーなら3.5元ほどのビールは5元。

 元はパソコンを使って家の設計。フリーダウンロードのソフトだが、3次元画像も動かせる。まだ使いこなせていないから、片流れの尖塔がついたサイケ調の家が現れる。建築制限があるから、楊先生の200平方米まではとうてい及ばない。潘家園旧貨市場で見つけて気に入った乾隆帝愛用の机のレプリカを入れるスペースは無さそうだ。机のあらゆる側面が龍の模様で覆われているのだから、部屋の真ん中に置くのが最適だが、それはそもそも無理な話だ。

 

11月30日

 朝、双楡樹早市へ。梨2種、ネーブル、とうがん、ほうれん草、うどん。社区の中の店で、葱餅、25cmくらいのが1元。甘栗店のとなりで中国ハンバーグ、焼き餅の間にプレスハム厚切りを挟んで味噌味付けしたもの(@1.5元)。梨は美味しいが、ネーブルはあまり甘くない。

 冬の旅を聴きながら、原稿を書く。クリスタ・ルードビッヒ、クルト・モル、ハンス・ホッターと聴いたが、やはり、男声の方が良い。菩提樹・春の夢・郵便馬車あたりは、ルードビッヒにピッタリの感じだが、あふるる涙・ライエルマンなどになるとすこし無理がある。モルのバスはいつ聴いても素晴らしい。

 昼はザルうどん。芝麻醤を使うとゴマだれが簡単にできるし安い。

 午後、むすびまで書き終わる。明日、センターにある昭和財政史の英文資料で確認すれば完成だ。歴史に於ける必然と偶然の問題をむすびでは書くつもりだったが、110枚くらいになってしまったので、とりやめにする。いずれ、このテーマで1本書いてみよう。

 夕食は、トウガンのあんかけ、いんげん炒め、挽肉炒め、市販の米皮豚肉。

 2年生の修士論文中間発表についてのコメントを作る。

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