北京滞在記12月 その1

12月1日

 原稿を読み直していて散歩は省略。9:30の車でセンターへ。昭和財政史20卷でドッジの発言を確認してから、完成原稿と業績目録を澤山さんに送る。写真は来年でよかろう。

 図書室で日経を読む。足利銀行の一時国有化は意外な展開だ。北海道拓殖銀行で懲りたかと思ったが、とうとう地銀整理に手を着けたようだ。やりはじめたら足銀だけでは済まないだろう。落とし先が見えているならまだしもだが。

 昼は、炒飯。

 新聞は、2004年の経済計画の基本線が決定されたことをトップで報じている。雇用と農業部門の改善が大きな課題とのことだが、どのような政策が展開されるのかは未定らしい。

 遼寧省副知事と深セン市副市長が汚職で解任処罰された記事もある。Liuは瀋陽副市長から省副知事になった人物だが、汚職容疑で解任された。汚職の実態はまだ報道されていない。Wang深セン副市長は、83万元+12.3万香港ドル+3000USドルの賄賂を1991年から2000年までに取ったことで、20年の禁固刑が言い渡された。Wangは、婿に深セン市の土地を法外に安く払い下げた罪も犯したとのこと。こういう話には限りがあるのだろうか?

 田舎に出された犬が帰ってきたがまた田舎送りになる話。賓館の近くの団地に迷い込んだ犬が、みんなに飼われていたが、愛犬への被害を心配した住人の告発で田舎に送られた。北京では、市街地での中型犬以上の犬の飼育は禁止されているからだ。ところが、54日後に、彼は、やせ衰えて泥だらけになりながら団地に帰ってきた。みんなは驚いて介護したが、健康を回復すればまた田舎送りになるのは避けられないとのこと。中大型犬は、人間を襲うといけないから飼育禁止になっているそうだが、犬にたいする認識がすこしおかしいのではないか。躾けることをしなければ、小型犬でも人を噛む。

 夕方、恵子と双安商場へ出かける。サイバー大厦の前では、鉄筋を組んでクリスマスツリーを作っている。プラスティックの樅の枝を取り付けるらしい。森から樹を切り出さない配慮かもしれない。クリスマスは、中国語では、茎の草冠を取った字、つまり聖、と「誕」の2字で表されている。

 火鍋をやろうということになって、フィッシュボール2種、生エビ、白菜、大根と袋入りのタレを買う。白ワインも50元のを1本。タレは、鍋に入れる白色の液体の素を想定していたが、ツケダレだった。いささかきつすぎて使用不能。

 2年生へのアドバイスを文章化した。論文の書き方調になったが、多少は役に立つだろう。

 杉浦くんの原稿が出版会に届いた。全員集合になって良かった。

 

12月2日

 6時に7時のNHKニュースをみる。外は真っ暗。7時過ぎて明るくなったが、散歩に行っていると時間が無くなりそうなので、メールを書く。概説の増刷の時に修正すべき点を東大出版会に送る。りそなへの公的資金注入による実質的国有化、あおぞら銀行のサーベラス傘下入りなど。

 9:30の車でセンターへ。2年生の修士論文中間報告についてのコメントをする。一般論は、ハウツー論、個別的には、テーマの広がりなど。アイデンティティというキーワードが共通しているので、すこし話す。アイデンティティの多面性を解説して、どの面に注目するかを考えることが大切と言っておく。じつは、この概念、まだよく分かっていない。杉浦くんのエッセイは、欠落から生じる充足への欲望、他者の欲望を欲望する欲望、その欲望が満たされることの不可能を華麗に説いている。アイデンティティとは、満たされることのない欲望を抱き続ける行為なのかとも思う。欲望が消滅したら、個人のアイデンティティは、淡雪のように溶けるだろうから。やはり、来年は、欲望論を検討してみよう。

 来春、日本に留学してから社会調査をして修論を仕上げるのだが、まだ、調査対象を決めることができていない。少し具体的な提案をしておいた。

 タクシーで帰って、うどんの昼食。持ってきた乾麺の消化策。                      

 新聞トップは、シュレーダー首相訪中の記事。北京・上海新幹線を射程に入れての訪中だ。フォルクスワーゲンなどで先行しているドイツは、さらなる関係強化を進めている。それにひき較べて日本政府のもたつき振りは!

 北京大学の葉教授にメールで、中文エッセイをめぐって討論会を開くことを提案した。論文に手間取って、英語のレクチュアを準備する時間が無くなったから、苦肉の策。中国農業大学の李教授には、2年生のLiYさんと会ってくださるようお願いのメール。

 夕食は、鶏の唐揚げ、カボチャの煮付け、茶碗蒸し。

 加藤氏が馬場氏に会ってくれたので、出版会にメールで新提案を送った。

 

12月3日

 朝、双楡樹早市へ。ブロッコリ、搾菜、サヤインゲン、サヤエンドウ、ミカン、うどん、卵を購入。元が変わったものと注文したので、道端の引き店で、鶏卵餅、燕山ホテル前のパン屋でクロワッサン、くるみパン、チョココロネを仕入れる。鶏卵餅は、生地を鉄板で焼いて中央を開いて溶き卵1個・葱を入れてさらに焼いて、たれをつける。まあまあ美味しい。クロワッサンは少し甘いが上出来。チョココロネには、ケーキの上に載せるようなしっかりしたチョコレートクリームが下までぎっしり詰まっている。ミカンは、小型でオレンジ色が濃い新顔。いかにも美味しそうだったが、食べると酸味が強く、期待はずれ。

 搾菜は、生のモノで、これまで根かと思っていたが、茎の下部であることが判明。

 新聞トップは私企業部門の強化という見出し。私企業経営者の共産党入党承認で政治的立場が強化されたし、来年の憲法改正で私有権保護が強化されると、中国経済における私企業部門はますます重要性を増すだろうと書いている。ますます資本主義に近づくわけだ。

 ペットを飼うと公的扶助がもらえない話。貧困者への公的扶助は、月額数十元から300元が支給されているが、南京、上海、瀋陽、ハルビンなどでは、ペットを飼う貧困者には公的扶助を打ち切る方針が出された。たとえば、瀋陽では、ペット犬を飼うには初年度1000元、2年目以降500元の登録料がかかるのだから、犬のために扶助料は出せないという理屈。登録しない飼い犬もいて、これはヤミ犬Black petsと呼ばれる。この措置をめぐって、貧しい人の方が動物を愛したり、友としてのペットを必要とするのだから、打ち切りは酷だなど議論が沸騰しているようだ。日本でも、クーラーがあると生活保護が打ち切られるという措置が問題化したことがあった。いまはどうなっているのだろう。

 昼は、チャー醤麺。うどんの食べ方として定着した。

 出版会との話し合いがついたので、各論文の位置づけを「はしがき」で書くことになった。下手に位置づけると「はじかき」になりそうだから、丁寧に読み直す。

 夕食は、鶏肉野菜炒め、サヤエンドウ卵綴じ、搾菜薄切り炒めなど。搾菜は、少し苦みがある。やはり漬け物向きだ。

 

12月4日

 恵子が炊飯器で焼いたパンを食べる。粉がちがうのと炊飯器の電源が自動的に切れるので、上手くできていない。薄い緑色がつくのはどうしてだろう。

 7:40のバスでセンターへ。元がホームページをアップデートしようとするがうまくサーバーに入れない。1・2年生にグローバリゼーションを話す。19世紀の第1次グローバリゼーションのあと、帝国形成、東西対立、南北格差と国家間の壁が高くなった時代を経て、1970年代以降、第2次全球化が進むという筋。福祉国家からの後退に関係して、日本は福祉国家かとの質問。医療保険は充実しているが、年金制度はレベルが低く、児童手当も不十分と答える。中国では年金率は基本給部分の100%保証が普通だから、将来に問題があり、日本企業も進出の際に将来の負担を考えるとためらうことがあると、元が発言。

 送迎車で帰宅。昼食は、グラタンとワンタン。

 午後、センターへ戻って、樋口浩造先生の日本学総合講座「戦後日本文化論と文化研究―ナショナリズムへの向かい方」を聴講。文化を「差別化の装置」と見る観点から、戦後の日本文化論の動向を紹介。敗戦直後の否定的特殊日本文化論から、高度成長期の肯定的特殊日本文化論、さらに、自由主義史観、それへの文化相対主義的批判などを語り、梅棹忠夫が『文明の生態史観』で「乾燥地帯は悪魔の巣」「イスラム社会が暴力の源泉」など問題発言をしていることを指摘。戦後の代表的知性、丸山真男にしても、アジアへの視座が欠ける発言をしているとも。なかなか鋭い指摘。ナショナリズムを越える姿勢、観点が必要と問題提起。

 院生の質問も活発で良かった。レノンのイマジンを引きながら、ナショナリズムの壁を溶かす視点、文化を経済・政治・社会と分節化する方法を質問。

 夕食は、ハンバーグ。飲めない甘口ワインを入れてなかなかのソースができた。

 新聞は、外国為替取扱に柔軟性をという記事がトップ。人民元の引き上げは肯定していないが、銀行間の決済制度を改革して外国為替市場の整備が必要と論じる国家外国為替管理局長のウエッブサイト発言を紹介している。人民元の安定を前提とする制度改革だから、今すぐと言うことではない。いろいろなジェスチュアをして見せている感じだ。

 旅行が解禁されて最初の観光団34人が蒸発した話。ハンガリー、キューバ、パキスタン、クロアチアへの旅行が11月から許可されたので、上海からのグループがクロアチアへ向かったが、帰国前日に全員がホテルに荷物を残したまま行方不明になった。悪名高いバルカンルートでヨーロッパに向かったらしい。

 セックス観の変化という記事。婚前交渉について11都市で未婚男女を調査した結果、婚前交渉は良くないとする若者は34.7%で、男性の50%は結婚相手に処女性を求めない。キス・抱擁の経験者は42%で、そのうち30%は性交渉まで進み、7%は同棲している。1997年の調査では、既婚者の40%は、結婚前にはキスもしたことがないと答え、1987年以降に結婚したカップルは、17.9%しか婚前交渉を経験していない。婚前交渉を容認する若者は確実に増えつつあるとの報告。これは愛情関係の存在を前提としての話だが、この傾向は、性の自由化へも繋がりかねない。性の商品化も、日本人集団買春事件で明るみに出ている。市場経済は、欲望開放社会を導くのだから、はたして、社会主義市場経済が、この問題に上手く対応できるのだろうか。

 

12月5日

 朝は双楡樹早市に買いだし。ザボン(大7元)、青菜(白菜のこどものような下部が太い菜)、ブロッコリ、長ナス、卵、餃子皮用の小麦粉団子を買う。隣のスーパーが開いたので、挽肉。朝食用に、焼き包子、焼き餅を3箇所で仕入れる。あんこ入りかと思ったものはただの焼き餅、はじめての店で買うのは難しい。焼き包子は、蒸したものを油で焼くのだが、食感がすこし変わるところが好まれるのだろうか。余りものの利用法というわけではないようだから。

 フロントで新聞を受け取りがてら、水を頼んできたら、すぐに配達された。1瓶15元で、2、3日もつ。水道水は、沸かすと白い固形物が浮かんでくる硬水。加湿器からでる霧は、机やテレビに白い微細粉を残す。われわれの肺の中が気になってくる水だ。

 新聞1面には、ロウソクで英語の勉強する幼稚園生の写真。水力発電に頼っている湖南省の首都長沙では、降水量不足で発電量が低下し、4日に1日の配電制限を行いはじめた。水問題は、エネルギー問題とも関係しているわけだ。中国の経済成長が永続しないという予想の根拠のひとつが、資源制約だが、すでに、その兆しが現れたともいえる写真だ。

 トップ記事は、今年中に中国は米日独に次ぐ世界第4位の貿易国になるとの記事。経済面では、中国造船業が、2015年までには世界一になるとの予測記事。今年、建造量は、500万重量トン、世界の10分の1に達するが、上海と広州で計画されているドックヤードが完成すると、中国造船公司の建造能力は1500万重量トン、世界の3分の1の能力となるとの見通しだ。上海では延長8kmの海岸線に2つの造船所を移転して1200万トンの施設を建造する工事に今月から着工し、広州では4.5kmの沿岸に300万トンの設備を建設する計画が調印された。日本と韓国の造船業はどうなるだろう。LPG船やLNG船などでは日本の造船業は優位を保つだろうが、普通の貨物船や専用船、タンカーはコスト競争で苦しくなることだろう。

 昼は、元がローヤルゼリーの容器で延ばした皮で恵子がつくった餃子。良い皮で美味しくできた。

 本の「はしがき」を書く。加藤論文と馬場論文の時期区分が違う原因を考えることで、過剰富裕化論の意味づけをしてみた。

 夕食は、深川飯、ナスの味噌煮込み、ツナサラダ。深川飯は「しほひ」の利用で美味しく食べられた。デザートはザボン。大きいから食べでがあるが、美味しいので、朝と晩で全部食べてしまった。安い贅沢だ。

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