北京滞在記12月 その3

12月11日

 双楡樹早市へ買いだし。白菜、キャベツ、青梗菜など葉もの、ブロッコリ、いんげん、夏みかん(3個5元)。今日はあまり寒くはない。サイバービル前のクリスマスツリーは、飾り付けが終わったようだ。

 オートミールの朝食。9:30の車でセンターへ。10:10からWRさんの口述試問を傍聴。30分発表して、1時間質疑。論文題目は「日本におけるネットワーク公共圏の可能性」。ハバーマスの公共性概念を使って、インターネット上に政治社会問題へ発言する「公共圏」が形成される可能性を、実例2つを用いて、検討する。論文を読んでいないから判断はできないが、この種のサイトは沢山あるだろうから、その組織論、運動論、理念の分析は面白いだろう。3人の委員の判定で、WRさんは無事合格。判定教授会のような組織はないので、委員が即決して、外国語大学の学位評定委員会に書類を提出して、最終的に修士学位授与が決定される。

 昼休みに濱先生のお嬢様がみんなにお土産をくださった。17日に帰国されるので迎えに来られたようだ。昼食は、留学生公寓1階の食堂でランチ。日本人留学生もいて、銀座という和食コーナーもある。

 2:00からはMXさんの試問委員。「日本女性のキャリア形成に関する実証的研究」。2000年と2001年の総合社会調査JGSSを、上手な統計処理で分析して、結婚育児で中断されることなどのために、女性のキャリア形成が抑制されることを実証。さらに、インタビュー調査で、キャリアを積み上げてプレスティージの高い職業・職務を獲得した女性たちの、ライフ・ヒストリーから、キャリア形成促進要因を探った。テーマにたいする既成データの適合性の吟味、統計分析とインタビューの接合方法などを質問。経験的観察結果を数値で実証した恰好の論文だが、手堅くまとめている。3人の判定は合格。

 3:40からは、YMさんの「農業生産者の主体性回復と組織形成」。茨城県八郷町の有機農業農民を対象にして、生産物、消費者と共生して主体的に農業を営む農民の姿を調査し、農業を「楽しい」という農民の影響で、新規の農業参入者が登場していることを明らかにした。発想のオリジナリティを質問すると、現場で農民から学んだとのこと。対象となった農民に内山節の共生思想の影響は直接にはないようだ。自分の行動の中から、自然との共生、消費者との共生、村民との共生を「楽しい」生き方と把握したらしい。この農民を軸に、いくつかの類型的な有機農業農民を捉えて、組織論的に整理した論文で、思想性も孕んでいて面白い。彼女も合格。

 皆さんと一緒にバスで帰宅。留守中、恵子達は、天外天市場から前門へいって衣料品の買い物をした。

 ポークシチューの夕食。お土産の松坂牛のしぐれ煮も美味しく頂く。

 

12月12日

 朝は理工大へ焼き餅を買いに行く。

 9:30の車でセンターへ。ZWさんの修士論文「地域における育児ネットワーク」の試問。武蔵野市、横浜市、江東区の3つの育児広場をレポートして、育児不安の対処策としての機能と組織特性を分析した論文。自分でも子育て中のZWさん、研究と実践を両立させての労作だ。彼女も合格で、社会系の4人は全員無事合格。

 昼食後、優秀作品推薦会議。4人の中から、センターの紀要に掲載する論文を1つ選ぶ。周、宋、呉3先生、それぞれに意見があって取りまとめには時間がかかった。最後は、投票で1点を選んだ。続いて、社会系全学生と懇談会。3年生が経験を後輩に語る。呉先生がもっと楽しく勉強するようにと発言。疑問点をはっきり持ち、それをひとつひとつ解き明かしていく喜びを積み重ねると楽しい学習ができるとアドバイス。

 最後は多目的ホールで全体総括会。各コースの派遣教員が感想などを述べる。社会系については、実地調査が必要なテーマを短期間でまとめる能力の高さを褒め、全体として、取得単位が多いことに危惧を表明した。卒業要件単位は36なのに、皆さん50単位前後を取得している。自主的な勉強にはゆとりが必要だが、センターでは多くの単位を取ることが慣習化している。再考して欲しいところだ。

 夜は、ホテル向かいのレストランで懇談会。国際交流基金の招待で、山崎所長もみえた。北京で渡辺淳一の文芸講演会が盛会だったとの話。失楽園が受け入れられる時代になったのだ。小津作品上映会は、今年は実現できなかったが、来年を期しているとのこと。形成されつつある中国の中産階層は、小津の小市民に共感するのだろうか?

 中日参加の懇親会は、有益だ。このような機会はもっと多い方が良いだろう。

 帰ると、恵子もいない。元は院生と食事に誘われていたが、だれか気を利かせて恵子も誘ってくれたらしい。3年生が、合格祝いにみんなを招待したとのこと。社会系の院生達はまとまりが良いようだ。

 

12月13日

 双楡樹早市へ散歩。かなり寒く、帽子の耳隠しを下ろす。寒さの中、陸橋の上には物乞いの肢体障害者がいる。みかん、カリフラワー、うどんを買う。隣の市場で、大型焼き餅6分の1(1元)も買う。

 恵子が焼いたパンなどで朝食。まあパンらしくはある。

 昨日の新聞は、温首相がカナダのクレティン首相といくつかの協定を結んだ記事がトップ。北京市が文化財の修復に5年間で6億元を支出する計画で、イタリアや日本の企業にビジネスチャンスがあるとの記事。アメリカのバイオテロリズム対策法による輸入食品規制が新しい輸入障壁になるのではないかとの記事。東北虎の子がえさ取り訓練にアフリカに行った記事など。虎の話は、絶滅が危惧される東北虎の生後10ヶ月の子虎を南アフリカのプレトリア動物園に送って野生の動物を狩る訓練をしてから、連れ戻して中国の原野に放そうという計画。生態環境がだいぶ違うと思うが上手くいくのだろうか。

 土日版では、中央に南京虐殺者のために新鋳された鎮魂の大鐘を衝く南京市民の写真。1213日が南京事件66周年に当たり、在日華人の寄付で梵鐘がつくられた。30万人虐殺とこれまで通りの数字を挙げて追悼している。非戦闘員をまきこむ戦時の蛮行は、規模こそ違え、いまのイラクでも続いている。民族の心の傷は、時の流れで癒されるというものではなかろう。

 北京市の石炭不足の記事。冬を迎えて北京市は石炭不足に直面し、価格はトン当たり150元も高騰している。ひとつの原因はトラックの過積載規制が12月から強化されたことで、北京の出入貨物輸送量は80%近くも減少し、市内の滞貨は急増し、石炭搬入量も激減した。野菜や果物の価格騰貴も始まっているとのこと。郊外道路でふつうに見る積載量を倍くらい超えたトラックの列が無くなったとすると、たしかに大問題だろう。道路行政から規制を強化するのはいいが、流通行政への影響も考えなければマイナス効果ばかり大きくなる。ここでも、縦割り行政の弊害があるのだろう。

 昼食は、元のつくるラビオリ。よくできた。

 授業も残り少なくなって、ふたつの講義のまとめ部分をうまく重複を避けながら構想しなければならない。残る4回のレジュメを工夫しながらつくる。

 夕食は鴨鍋。鴨1羽(16元)でなかなか美味しい。

 杉浦論文の完成稿を読む。かなり難解ではあるが深みのある論文だ。ラカンと宇野弘蔵を同列に並べて論じるとは、大胆素敵。序章の解説部分をすこし直す必要がありそうだ。

 

12月14日

 双楡樹早市に買いだし。今日はあまり寒くない。ブロッコリー、しいたけ、レンコン、うどん、ザボン(大@9元)を買う。正月用に八頭に似た芋があるかと探したが今日はない。長ネギもない。過積載規制で入荷が減ったせいだろうか。早市脇で杭州小包子と餃子を買う(@2.5元)。値段の割りに味は良い。

 授業のレジュメつくりを続ける。

 昼食は、ザルうどん。

 風があれば樋口さんの坊やを誘って天安門へ凧揚げに行こうと思うが、微風程度。小さなビニール凧ならともかく、龍凧は揚がりそうにない。

 センターの講義レジュメは終わった。勢いに乗って南開大学向けのレジュメをつくって楊先生にメールで送る。

 ハンス・ホッターの訃報が朝日新聞に載っていたので、彼の冬の旅を聴きながら仕事をした。すこしスローテンポだが、低めのバリトンがきれいだ。

 おやつにお汁粉を食べる。あんこは袋入りの中国産、餅も中国産で、四角い塊を切って、トースターで焼くと、すこしふくらんで焼き餅らしくなる。コシはないが、けっこう食べられる。これなら、お雑煮にも使えそうだ。

 夕食は、肉団子、野菜炒めなど。

 日本学総合講座向けのレジュメをつくり始める。

 

12月15日

 5時半に目が覚めて、レジュメつくりをしていたら、散歩にいくタイミングを失した。

 お粥の朝食。腐乳が良く合う。

 新聞で、フセイン拘束のニュースを知った。親族の通報の結果だから、懸賞金政策は成功したわけだ。彼が捕まっても、イラク情勢は好転はしないだろう。アフガニスタンもまとまりそうにない。デモクラシーの帝国は、どうやって始末を付けるつもりだろう。

 一面中央には、ロウソクを持つ可愛い少女と花を捧げる車椅子の老女の写真。南京虐殺66周年の追悼集会のスナップだ。歴史は、まさにつくられ続けていく。

 賃金未払いの記事。春節前に未払い賃金を支払うように各地方政府が企業に働きかけている。建築・建設関連企業が、賃金支払いを先延ばしするのは広く見られる現象で、苦情処理ホットラインには、出稼ぎ労働者からの相談が殺到している。悪質企業に対しては、請負入札への参加禁止などの措置がとられるというが、あまり徹底していないようだ。春節に郷里にかえる労働者に、賃金を支払うよう行政が後押しする図柄は、いまの再開発ラッシュの裏にあるものを良く示している。土地を不当に安く買い上げられ、出稼ぎに行けば賃金未払いでは、踏んだり蹴ったりだ。農民へのしわ寄せは不当に大きい。農民は反乱を起こしませんかと訊くと、周先生は、中国の農民は我慢強いからとのこと。それでも、我慢の限界はあるだろう。適切に対処しないと、それこそ、ゴードン・チャンの中国崩壊予言が当たってしまうかもしれない。

 資源問題の記事2題。山東省では、海水淡水化事業が大規模に進められている。技術が進んで、1トン当たりのコストは、かつての7元から5元にまで下がり、建設予定の最新設備では3.7元になるという。これは、普通の上水道料金並みとのこと。一人当たり年間水供給量は200立方メートルと、国際標準の1000立方メートルの5分の1。安徽省の首都合肥市では、繁華街の街路灯が消されている。ホテルや商店のネオンや電飾も消えて暗い街になった。水不足で電力不足のため。

 2020年の石油消費量は、少なくとも4.5億トンになり、その60%は輸入との予想。明らかに日本の消費量を上まわることになる。

 水といい石油といい、中国の2大資源問題だ。

 昼は、卵うどん。食後、元は、ZYさんのアンケート案についてアドバイスをしにセンターへ出かけた。

 大鐘寺方面に散歩。ショッピングセンターがあって、図書、家電、電子機器などの大きな店がある。書店に入ると、参考書、実用書、パソコン書の棚が並ぶ。経営経済関係の棚には、アメリカ書の中国版原書・翻訳書が圧倒的に多い。経済学ではあらかた西方経済学で、すこしだけ社会主義経済書があるが、マルクス経済学の本は見あたらなかった。MBAの棚や経営管理の棚の前に人が多かった。まさに市場経済の国だ。

 法律関係では、民法・刑法中心に個別法解釈書が多くて、憲法書は1種類しかない。『中国憲法教程』14.8元を1割引で購入。憲法研究はあまり盛んでないようだ。変化の途上で問題が微妙なためだろう。

 甘栗を買って帰室。元は、ネットで資料を探してあげたりで遅く帰ってきた。

 6時から賓館の食堂で濱先生の送別会。美しいお嬢さまも参加して、和やかに会食。松阪牛のタンは、普通の牛のものより美味しいらしい。アワビは一晩ジアスターゼに浸けておいてステーキにすると柔らかくて美味しいと、濱先生。中華円卓の上に置く回転式テーブルは、本来中国にはなく、日本からの逆輸入とは代田先生の話。皆さんの観察で、やはり、カレーとピザは、若者以外には好まれていないようだ。

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